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老いること


 すっかり歳を取ったパスタ。今日は一大決心をして何年ぶりかで洗うことにした。ちかごろ毛並みが悪くなっていて、フケのようなものも見えるし、艶は失われた。これは内臓とか口腔内の疾患などが影響するという。洗うにしても外見だけがマシになる程度で根本的な解決にはならないが、少しでも気分よくなればとの親心であって、断行するには一大決心というものが必要になる。なにしろ、ただでさえヒステリックになりやすい猫だ。あちこち引っ掻かれるのは覚悟しなければならない。まあ大変だった。迅速に行なうしかないわけで、終わりのあたりで引っ掻かれて傷になった。そう念入りに出来ないから行水させただけの体になった。



 加齢と共に体にガタが来るのは人と同じで、歯槽膿漏気味だったりもする。その手術を検討したこともあったが、手術に至るまでに何度も通院して入念な事前の検査の末に、どの程度の麻酔が適度かとかを考えるなどと悠長なことを言う。そんな検査に耐えられるとは思えないし、老猫に苦行を強いるのも躊躇われ、うがい薬のようなものを調達して自宅でケアすることにした。口が臭くなって一時は顔を背けるような案配になっていたが、最近は匂いが軽減したからいくらか効果はあるらしい。仔猫のころは歯磨きも励行していたが、次第に嫌がるようになり、マジモードで激昂するようになって止めた。



 なにせ17才だ。老猫だから腫物にさわるように気を使う。食欲は衰えないから今日明日ではないにしても、少々の覚悟は必要な気がしていくらか気が重い。

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夭折


 なんという暑さだ、駐車場から自宅までの50メートルほどの距離でさえ、楽器を下げて歩いていると立ち眩みしそうになった。毎年同じようなこと言ってはいるが、さらに悪化しているようで、なにしろ梅雨明けはとんでもなく早かったし、まだ7月中旬だというのに例年の一夏分を過ごしてしまったような気がする。もちろん冷夏などという肩透かしを食うよりはいいが。



 昨日17日はコルトレーンの命日だった(1967年没)。奇しくも8年前の同じ日にビリー・ホリデイも亡くなっている。ビリー・ホリデイは44才、コルトレーンは40才だった。コルトレーンは知られるのが遅く、活躍したのは10年ほどだったが、聴き続けていても未だに全貌がつかめないほどの録音を残している。早死にの天才という言葉が即座に浮かぶ。モーツァルト、シューベルト、ヴォルフ、エリック・ドルフィー・・・・。同じようなことを以前にも書いた(20131022の記事)。その中の日本画家の言葉「天才というものは夭折するもの。私らのように死に損なったものは、生涯をかけてのたうち回りながら描き続けるしかない」は依然として重さを保ちながら常に頭の隅にある。こちらは古希寸前。少なくともコルトレーンより30年も長く生き長らえた。で、今の体たらくは何だというのもあるが、これでも少しは分かってきたんですよなどと言い訳のようなことも言ってはみる。しかしながらオリジナリティを求める重要性に気付きながらも、既存のもののコピーを巧みに再現されると焦ったりする脆弱さも併せ持つ。ま、それがのたうち回るってなことになるのだろうと思われる。

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 男というものは、どういうわけか度々女性とのお付き合いでヘマをしてご内儀の怒りを買ったり、職場であらぬ噂が飛び交い立場が悪くなったりする。巧みに事を運びヘマをしないヤツもいるが、どちらかと言えばずっこけて蒼ざめる羽目になる方が可愛げがあっていい、ってのは勝手な言い分だが、誰にもバレないように出来るヤツってのは油断ならないというか信用できない。



 若いころ、頻繁に付き合いのあったピアニスト兼作編曲家がいた。歳を取るごとに少しは売れたことで偉くなってしまったのか、尊大な態度で人に向かうようになり、それを見るのが嫌で少しずつ遠ざかるようになっていった。彼は「女と付き合うために仕事をするんだ」などと女好きを公言するバカだった。勝手にすればいいものを皆に言うことはない。そんなこんなで些か辟易していたころだ。
 渋谷のスタジオでの仕事を終え、渋谷駅前の交差点の先頭で信号待ちをしていた。左折して代々木公園方面に向かうところだった。いきなり、ヒラヒラと派手な衣装を翻し、踊るようにステップを踏む女性が目の前に現れた。蝶と言うより蛾のように見えた。「まあ、なんとけばけばしい」と少々呆れていると、その後からにやついたおっちゃんが登場したのだ。でかい態度もそこそこのあいつだった。「エッヘッヘッ、凄いのを選んじゃうんだな、公言するだけあって面目躍如たるものがあるなあ」などと感心しつつ、しかしながらとんでもない現場を見てしまったなあ、と笑ってしまったのだ。まさかそれを話すわけもなく、ほどなくして会わなくなっていったのだけど、広い東京などとは言っても、どこに誰の目があるか分からないものだと思ってぞっとした次第。

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食の変化


「あたしゃ、朝飯にみそ汁さえあればいい派だから」ってな言葉を聞くことがある。異論はなく、自分もそれに該当すると思っている。ごはんとみそ汁とお新香、それに納豆でもあれば充分なのだ。それには合わないものだが、コーヒー派だからお茶を飲む習慣はない。山田洋次監督の時代劇を観ると、お茶ではなく白湯を飲むシーンがある。昔の人は食事の後に白湯を飲んでいたらしい。
 さて、みそ汁だ。塩分のこともあり、そう頻繁ではないが、むやみに食べたくなるときがあって、主に揚げと豆腐のみそ汁を作る。



 減塩味噌だし、幾分甘めのものになってしまうが、それでも出来立てのみそ汁には得も言われぬ吸引力があってホクホクとした気分で頂く。これと御飯だけでもいいぐらいだ。ただ惜しむらくは豆腐だ。子供のころに食していた豆腐は、スーパーで売られているパッケージものではなく。毎朝豆腐屋が自転車で売りにきていたものだった。荷台に豆腐の入った箱を括りつけ、プワー、プワ、プワー、プワッ、とラッパを鳴らしながら町を走った。思い出してみると、あの箱の中には水が入っていたし、相当重かっただろうから自転車を漕ぐのだって大変だったはずだ。なんとなくフラフラと走っていたように見えた記憶がある。誰もが鍋などを持ってその豆腐屋を呼び止め、豆腐を買った。パッケージ化された豆腐は何日も冷蔵庫に入っていることがあるが、あの豆腐屋から買う豆腐は保存するものではなく、今か、少なくとも当日中に食べるものだった。大豆の風味が口の中に広がる美味い豆腐だった。製造過程に詳しいわけではないが、にがりの使用などが関係しているらしい。日持ちのいいパッケージの豆腐だが、美味さでは昔の豆腐に遠く及ばないような気がする。ま、それはトマトにしても昔の風味は失われているわけで、いわゆるお年寄りに近い方々にしてみれば、今は何を食するにしても昔の味の何割引きかで味わっていることになる。

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災害



 朝のニュースショー番組で「この災害は政治の責任が大きい」という論説を滔々と述べる方がいて、何を言っているのかと腑に落ちなかったのだが、その最後の部分だけを聞いたものだから詳細は分からず仕舞いだった。ちょっと検索して新聞記事に行き当たる。どうやら避難勧告が出るほどの豪雨だったにも関わらず、当日の夜に首相たちが宴会の場にいたことが問題らしい。危機感をまったく持っていなかったということが重大だという。さらには自然災害対策よりミサイル防衛にかまける愚などと書かれている。多くの犠牲者が出たことでの非難だが、では普段からそのようなことを言う方々が自然災害対策に目を向けろと言っていたという話は聞かない。こう言っては何だが、結果論で非難しているような気さえする。そりゃあ危機感を持って宴会を自粛する選択肢はあったにしてもだ。彼らが飲み会を止めることと災害の結果に因果関係はない。
 なにしろ避難勧告が出ても住民の腰は重く、速やかに家を離れる人は決して多くない。危機管理は人に任せるのではなく当事者の判断がすべてだと思えるのだが、こうやって被害が大きくなると、とにかく誰かに責任を負わせなければ気がすまないらしい。

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