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変貌


 久しぶりに見る大久保通りと明治通りの交差点は、いやにスッキリしていて昔の面影は消えた。道路は広くなったし、舗装そのものもグレードアップしたのかと思えるほどだ。



 通りそのものは相変わらず韓流が主流らしいが、以前のようにおばさんたちが群を成すというものではなく若者が目立つように変わった。



 ヨン様の時代ではないわけだ。今は韓流のポップス方面の人気で若者が集まるようになったらしい。



 雑然とした趣は変わらないが、若者が集まれば町の様相は元気になるようにも見える。しかしながら客が並んでいるのは簡単なファストフードの店だったりする。軒を並べる韓国料理の店が盛り上がっているようには見えないところがおばさん連中天下の時代とは違う。町はこうやって少しずつ変化していくのだと思える。変化はここだけではない。最近は都心部に出かけることが少なくなって、月に2、3度ペースだが、行くたびにお上りさんのような気分にさせられることが増えた。道路の様子が刻々と変わる。霞町から青山方面へ抜ける道も、見慣れない大きい交差点があったりして「ここはどこだ?」と目を見張ったりする。六本木、赤坂、銀座方面は録音スタジオが多く、毎日のように通っていたから裏道も知り尽くしていたわけだが、だいたいその裏道そのものが隋分と消えた。道路の変化は著しい。どうやら再来年のオリンピックに向けて、全面的に町の改造が進められているようだ。なにせオリンピックは世界に向けて商売ができる絶好のチャンスだから、そこは抜かりなく町をリニューアルしようということだ。そもそもオリンピックはスポーツの祭典などではなく、スポーツを隠れ蓑にし、世界を相手に金をかき集めることのできる持ち回りのイベントというのが正しいのかも知れない。わが師匠は70年代初頭、代々木にお住まいだったわけだが、「オリンピックで町の様相が一変しちゃってさ、電話だってその頃一挙に普及したし、首都高速はできるし、なんだかさ凄い勢いで東京は変わったよね」と仰っていたが、それがまた繰り返されるらしい。町は生きもののように変化し、僕らはむかしの面影が消えた町に呆然として取り残され、オリンピック以前とオリンピック後というように言われる日が来るのも近い。

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こどものために



 今年もまたおっちゃんの庭に変形の菊が咲いた。ま、菊と言うよりゴッホの向日葵だ。毎年、春は薔薇、夏は朝顔というように、おっちゃんの庭で季節を感じることになっている。


 昨夜、車の中で久々にラジオドラマというものを聞いた。途中からで内容はさっぱり分からなかったが、あー、あの時代だと郷愁を誘われた。小学生のころの数年間、ラジオドラマを楽しみにしていた。覚えているのは「赤胴鈴之助」「不思議なパイプ」、それにアイヌのことを知る切っ掛けになった「コタンの口笛」などだ。やがてテレビの時代に移り、「月光仮面」が子供たちの圧倒的な支持を受けることになるが、ラジオドラマがテレビに比べて劣っていたというものではない。ラジオドラマのキャスト、当時は声優などという言葉はなかったような気がするが、彼らは大したものだった。僕らはそれぞれに映像を思い浮かべながら聞き入った。もちろん漫画原作の赤胴鈴之助だったが、子供たちの数だけの赤胴鈴之助がそこら中にいたに違いない。テレビドラマも実写版からアニメへと移行していった。「鉄腕アトム」がその先鞭をつけたはずだ。「エイトマン」というものもあった。テーマ曲を歌った克巳しげるという歌手が10年後に殺人を犯して逮捕されて、エイトマンのテーマ曲は悪い連想を導くものになった。
 テレビがカラーになる頃、もっぱら受けていたのは人形劇の「ひょっこりひょうたん島」だった。熊倉一雄や藤村有弘などという達者な方たちが吹き替え担当で何とも魅力のある番組として広く知られていた。しかしながら、僕らはこども向けの番組からは卒業する年齢になっていた。ずいぶん後になって、こちらが30代に達した頃、むかしのテレビ番組がテレビ開局何十周年とかで再放送された。その中に「月光仮面」もあった。月光仮面の悪役として仮面をかぶった「サタンの爪」という怖い役柄があった。見ていた僕らは怖気を震ったものだったが、大人になって見るサタンの爪の手は布製のグローブのような粗末なものだったし、爪に至っては銀紙が貼られた情けないものだった。しかし、そのようなものを僕らは怖がって見ていたわけだ。大人は何とチャチなものかと思っていたかも知れないが、僕らは画面に出てくるものをちゃんと補正しながら見ていたわけだ。こどもの想像力は大したものなのだ。悲しいことに僕らはある日その想像力を失うらしい。

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群衆


 写真は加工を施してあるが、やはり昨日の渋谷は大変な人出だったようだ。満員電車のような混み具合で、仮装してない人が圧倒的に多いということは単なるやじ馬が集まったものと見られる。人は賑わう場所が殊の外好きなのだ。かく言う自分も明治神宮と浅草浅草寺の初詣でに元旦早々足を運んだことがある。テレビなどで賑わう様子を見ていて、なんとなく一度体験しようと思ったわけだ。明治神宮は本殿までに4時間半を要した。列の最後尾は原宿駅から200メートルもあったから止むを得ない。2時間経過してやっと半分まで辿り着き、いい加減離脱したくなっていたが、ここまで来たのだからと我慢してお参りにこぎ着けた。とにかく賽銭箱まで近付くことは無理で、遠くから拝むだけだったが、後から賽銭を投げ込む人が多く、当然賽銭箱には届かず前にいる人たちに当たって跳ね返っていたりした。フード付きの上着の人のフードの中にも賽銭が入って行くのが見えた。浅草の場合は怖かった。人がピッタリ体をくっ付けるような流れの中で、拝殿の手前では人の波がうねるように動き、自分の意思ではどうにも出来ずにこのままみんな倒れるのかとという恐怖を味わった。その二度の経験で疲れるだけだということを学習した。



 この中の人たちにも、2度目はもういいかってなことを考える人もいるに違いない。羽目を外す連中もいたようで、その部分だけを抜き取るようにテレビでは知らせるが、実際のところ一部の人たちだけだったようだ。騒いでいる連中を見ると、一時問題になった成人式の無礼講を思い出す。質の悪い連中というものは、誰かが扉を開くのを今か今かと待ち構えていて、突破口が開けたと感じるや否や乗り込んでくるらしい。それは河川敷で禁じられていることをやる人、密漁をする人、勝手に他人の山に入って松茸狩りをする人などもそうだ。
 ハロウィンの実際を知っている外人のほとんどが冷笑交じりでガッカリしたように、「これはハロウィンなんかじゃない。騒ぎ過ぎでみっともない」なんてことを言っていた。ま、それはそうだろうけど、渋谷という町がそうさせるのか、夜の集まりというのが問題なのかは分からない。例えば東京マラソンも多くの人が参加して盛り上がるわけだが、あれは参加費が必要だからか、スポーツの場だからか分からないけど、騒ぐ人は現れず割と品良く事が運ぶ。

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はろうぃん


 昨日今日と朝晩は冷え込むものの日中は暖かく、これがいわゆる小春日和の心地よさかとありがたい。駐車場の車の真上に桜の樹があって、この時期は少しずつ葉が色付き落ちてくる。一度にドサッと落ちればいいのに10枚ずつというところがひねくれ者なのだ。車に乗る度に枯れ葉を取り除くことになっている。



 さてハロウィンだ。宗教的な意味合いなどまったくないが、渋谷は町ぐるみの仮装パーティ会場となってしまった。ま、それはそれで楽しいに違いないし、例えば20代だったら一度は足を運んだだろう。しかしながら日曜日の夜から前夜祭のように盛り上がり、日が明けた深夜にみっともない事件が起きた。迷い込んだ軽トラックに群がって、遂にはトラックをひっくり返す騒ぎを起こした連中が現れた。最初はトラックの運転手が一緒に盛り上がろうぜ的に煽ったようだ。荷台で飛び跳ねるところまでは良かったが、まさかエスカレートして車を倒されるとは予想もしていなかったらしい。映像を見ると制止しようとしているのは外国人だ。ハロウィンは羽目を外して騒いでいい日じゃないってなところに違いない。運転手は自業自得的な側面もあるが、暴れている者たちは赤信号みんなで渡れば怖くないというような群集心理の最たるものに見える。12時までは多くの警官が動員されていたようだが、12時を以て撤収していた。ま、31日の本番に備えての予行演習のようなものだったらしい。騒いでいる映像を見ると、何だか哀れなほどたがが外れた人たちの無軌道ぶりが情けなく、この国はまだまだガキの国なのかと胸糞が悪くなる。当日、近隣の商店は早めに店仕舞いするという。店頭に並んだ商品を壊されたり、飲食店の店の前に大勢群がって客が来れない状態になったり、色々と大変だそうだ。テレビなどが散々煽ったはいいが、自警団でも組んで自らを守らなきゃいけないというのもおかしい。

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バッシング


 シリアで拘束されていたジャーナリストが3年ぶりに無事帰国。そういうことに疎かった当方は、そんな人がいたのかと驚いたわけだが、さて帰国したものの飛び交うのは自己責任とかいう毎度お馴染みのバッシング。国の渡航情報を無視した彼にも落ち度はあるが、無事帰国したのだから良かったねえで済ませればいいと思うが、そうはいかないらしい。この自己責任というバッシングを聞いていると、極端な話だが首でも切り落とされて死ねばよかったんだと言っているように聞こえる。取上げなきゃいいのに、テレビのニュースショーも盛んにそれを煽っているように思えて仕方ない。



 この手の報道はいつ見てもウンザリさせられる。むかし松本サリン事件というのがあって、まったく罪のない人が重要参考人として取り調べを受け、マスコミは容疑者として報道を過熱させた。この時期、取り調べを受けた人の家には嫌がらせの電話が殺到したという。思うに今回の事故責任うんたらかんたらを言い募る人たちと嫌がらせ電話をする人たちの根は同じなのではないかとさえ思える。人のヘマを責め立てて己が溜飲を下げる手合だ。周りに眉をひそめる人はいてもそういうバッシングに与する人は知らず、だいたい大した関心はないようだし、こちらとしては彼に仕事とはいえ3年間も拘束されて大変でした、お疲れさんってなところだ。

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