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夭折


 なんという暑さだ、駐車場から自宅までの50メートルほどの距離でさえ、楽器を下げて歩いていると立ち眩みしそうになった。毎年同じようなこと言ってはいるが、さらに悪化しているようで、なにしろ梅雨明けはとんでもなく早かったし、まだ7月中旬だというのに例年の一夏分を過ごしてしまったような気がする。もちろん冷夏などという肩透かしを食うよりはいいが。



 昨日17日はコルトレーンの命日だった(1967年没)。奇しくも8年前の同じ日にビリー・ホリデイも亡くなっている。ビリー・ホリデイは44才、コルトレーンは40才だった。コルトレーンは知られるのが遅く、活躍したのは10年ほどだったが、聴き続けていても未だに全貌がつかめないほどの録音を残している。早死にの天才という言葉が即座に浮かぶ。モーツァルト、シューベルト、ヴォルフ、エリック・ドルフィー・・・・。同じようなことを以前にも書いた(20131022の記事)。その中の日本画家の言葉「天才というものは夭折するもの。私らのように死に損なったものは、生涯をかけてのたうち回りながら描き続けるしかない」は依然として重さを保ちながら常に頭の隅にある。こちらは古希寸前。少なくともコルトレーンより30年も長く生き長らえた。で、今の体たらくは何だというのもあるが、これでも少しは分かってきたんですよなどと言い訳のようなことも言ってはみる。しかしながらオリジナリティを求める重要性に気付きながらも、既存のもののコピーを巧みに再現されると焦ったりする脆弱さも併せ持つ。ま、それがのたうち回るってなことになるのだろうと思われる。

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 男というものは、どういうわけか度々女性とのお付き合いでヘマをしてご内儀の怒りを買ったり、職場であらぬ噂が飛び交い立場が悪くなったりする。巧みに事を運びヘマをしないヤツもいるが、どちらかと言えばずっこけて蒼ざめる羽目になる方が可愛げがあっていい、ってのは勝手な言い分だが、誰にもバレないように出来るヤツってのは油断ならないというか信用できない。



 若いころ、頻繁に付き合いのあったピアニスト兼作編曲家がいた。歳を取るごとに少しは売れたことで偉くなってしまったのか、尊大な態度で人に向かうようになり、それを見るのが嫌で少しずつ遠ざかるようになっていった。彼は「女と付き合うために仕事をするんだ」などと女好きを公言するバカだった。勝手にすればいいものを皆に言うことはない。そんなこんなで些か辟易していたころだ。
 渋谷のスタジオでの仕事を終え、渋谷駅前の交差点の先頭で信号待ちをしていた。左折して代々木公園方面に向かうところだった。いきなり、ヒラヒラと派手な衣装を翻し、踊るようにステップを踏む女性が目の前に現れた。蝶と言うより蛾のように見えた。「まあ、なんとけばけばしい」と少々呆れていると、その後からにやついたおっちゃんが登場したのだ。でかい態度もそこそこのあいつだった。「エッヘッヘッ、凄いのを選んじゃうんだな、公言するだけあって面目躍如たるものがあるなあ」などと感心しつつ、しかしながらとんでもない現場を見てしまったなあ、と笑ってしまったのだ。まさかそれを話すわけもなく、ほどなくして会わなくなっていったのだけど、広い東京などとは言っても、どこに誰の目があるか分からないものだと思ってぞっとした次第。

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災害



 朝のニュースショー番組で「この災害は政治の責任が大きい」という論説を滔々と述べる方がいて、何を言っているのかと腑に落ちなかったのだが、その最後の部分だけを聞いたものだから詳細は分からず仕舞いだった。ちょっと検索して新聞記事に行き当たる。どうやら避難勧告が出るほどの豪雨だったにも関わらず、当日の夜に首相たちが宴会の場にいたことが問題らしい。危機感をまったく持っていなかったということが重大だという。さらには自然災害対策よりミサイル防衛にかまける愚などと書かれている。多くの犠牲者が出たことでの非難だが、では普段からそのようなことを言う方々が自然災害対策に目を向けろと言っていたという話は聞かない。こう言っては何だが、結果論で非難しているような気さえする。そりゃあ危機感を持って宴会を自粛する選択肢はあったにしてもだ。彼らが飲み会を止めることと災害の結果に因果関係はない。
 なにしろ避難勧告が出ても住民の腰は重く、速やかに家を離れる人は決して多くない。危機管理は人に任せるのではなく当事者の判断がすべてだと思えるのだが、こうやって被害が大きくなると、とにかく誰かに責任を負わせなければ気がすまないらしい。

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気象予想


 関東は早々と梅雨明けしたというのに、西日本では停滞した梅雨前線が猛威を振るい、甚大な被害が出ている。土砂崩れによる被害が大きい。豪雨被害のニュースでは必ず土砂崩れという言葉を聞く。体験してない者にはその恐ろしさが分からない。城のような石垣の上に建っていた生家の裏は山だった。山は大きな孟宗竹が密集していた。孟宗竹は根張りが強いから土砂崩れは起きないというようなことを何度も聞かされた。しかしながら風の強い夜に不気味な音をたてて騒めく竹というものは恐ろしかった。



 以前、何度も触れたが、10年ほど前にスーパーコンピューターを使って今後100年の気象をシミュレートした番組を録画していた。ちょうどアメリカでカトリーナが吹き荒れたころだ。あれも気象学者は地球温暖化の影響だと考えられるなどと言っていた。それを受けて日本でも今後の気象の変化を見極めようとしていたわけだ。ビデオはハードディスクが壊れて消えてしまったが、幾つかの興味深い話は覚えている。その中の一つが、西日本、特に九州地域での長雨の予想だった。梅雨というよりは、ほとんど雨期のような状況になる可能性を示唆していた。なんだか予想以上に早くその事態になりつつあるような気がする。温暖化で気圧の流れそのものが変わっていくわけだから避けられないということだった。4月が初夏の季節になり、入学式は桜ではなく初夏の陽射しの中で行なわれるようになるという予想だった。確実に夏は早まっているようにも思えるし、次に世界を襲うのが熱波だという予想が当たらなければ思うが、徐々にそれに向かっているような気がして穏やかではない。

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 7人の刑の執行が行われたとのニュースを聞いた。海外からは人道的に問題があるとの反発もあるらしい。彼らのやったことは無差別殺人だったし、自業自得であるはずだが、一挙に大量の刑を執行したことに対する反発のようにも思える。ここで死刑の是非を問うものではないが、ただ、刑の執行のニュースを聞いて、いよいよかとは思ったが、ざまーみろとかスッキリしたとかいう心持にはなれず、ざらつくような気分だけが残った。



 事件について書かれているものは幾つか読んだが、被害者の立場からの報告が多く、加害者たちがどうしてそこに至ったかは分からぬまま終わった。1990年の衆院選には、渋谷、中野、杉並の東京4区からの出馬だったから、例の音楽付きで選挙カーが走っていたことを覚えている。その5年後にサリン事件が起きた。そのような動きには疎かったが、当時のかかりつけの医者は危惧があったらしく、「破防法でも何でもいいから、サッサと捕まえちまえばいいんだ」と言っていた矢先に起きた。事件当日、午前中の仕事があった。地下鉄の駅前に夥しい数の救急車やパトカーが停まっていて、何事かと思いつつスタジオに着いて事件のことを知った。その時点で「オームらしい」と聞いたから、予測はついていたらしい。当局はまさかの後手に回ったことになる。しかしながら、彼らが逮捕されたことでほとんどの人が終わったと感じていたのかもしれない。そこに刑の執行の知らせだ。色褪せてしまっていた遠い昔の映像が一瞬クリアになって、また消えていくに違いない。事件では13人の死刑が確定している。残った6人の執行の知らせも聞くことになる。

 日本の死刑確定囚は再審請求中の者も含めて100人以上いる。重大な罪を犯したとはいえ、自分が生きてきた世間全体から「お前はいらない」と究極の通告を突きつけられる恐怖はどうだろうと思う。上告、再審請求などと抗う気持ちが少しは分かるような気さえするわけだ。
 当日の朝、死刑執行は告げられるそうだ。以前は前日だとかだったらしいが、自殺を図る受刑者がいたりしたものだから、当日になったそうだ。告げられてそのまま刑場に連行されて、一時間後に執行される。どのように覚悟ができていても、逃れられない恐怖はいかばかりかと察せられる。そこまでの恐怖を体験させたわけだから、それだけで充分な刑の執行が行われたと考えられないこともない。執行する方だって気分のいいものではないはずだ。じゃあそのまま生かして置くのかとなると、やった犯罪の酷さなどを知れば頷けないし、もどかしいパラドックスを抱えたまま世間は回る。

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