☆☆☆

もうろく

 
 ついこないだのような気がしていたが、あれは48才の時だから昔もむかし、ずいぶん古い話になってしまった。ちょうど4回目の年男のとき、同じ歳のキーボード奏者の通称キョーシローさんが洩らした一言で凍りついた。ま、凍りついたは大袈裟にしても背筋を冷たいものが走ったことは確かだ。「でもさ、あのさ、次の年男になるときってさ、おれら還暦なんだぜ」ま、十二進法だからそういうことになる。で、それが気になって仕方なかったということもなく、あっという間にそんなことは忘れ、ワサワサ過ごす内にその還暦とかいうものも軽く過ぎ、気が付けばずいぶんな歳になってしまっていたのだ。なんともうすぐ年金などというものが頂けるのだ、頂くって言い方はおかしいかもしれない。そもそも、嫌だ嫌だと思いつつ無理やり徴収されていた金を返していただくというのが正しいように思う。そりゃ、ま、僕らの場合は国民年金であって、雀の涙蟻の鼻くそ蚊のうんこというようなものではあるけど、ま、何某かのものが頂ける寸法になっている。  

 で、そんなこんなで、そんなこと別に知りたくもないが、年を食ったことを何かと思い知らされることが増えたわけだ。で、ふと最終章のことに思い至ったりするようになった。それでも初めの内は、人生なんて何ちゅーか冷やし中華、意味なんてないよなあ、ってな具合に斜に構えてみたりしたのだが、近ごろはちったあ真面目にも考えられるようになった。例えば、サンサーンスのコンチェルトを聴いていたり、ブランフォードのソプラノサックスを聴いたりしているときに考えてしまったわけだ。なんと素晴らしいものを残してくれたのかと。もちろんブランフォードはまだまだ存命だが。  
 そりゃ、バッハにしろ、芭蕉にしろ、レンブラントにしろ、誰でも生きる「よすが」としての創作活動だったろうし、後世のことを考慮しつつなんてことはなかったのだろうけど。いくぶんヤキが回ってきたような気もするけれど、その彼らが最後の最後に生きてきた道程をどういう風に感じたかなんてことを知りたいとか思ったりもする。  
 ま、そう焦んなくてもじき分かるってな話もあるが・・・。  

 で、偉い方々の最後の言葉をいくつか。

 戸を開けてくれ。光を・・・、もっと光を・・・・・・。ーー ゲーテ

 馬鹿なことを言うな。最期の言葉なんてものは、十分に言い尽くさずに生きてきたアホどもの言うことだ。ーー カール・マルクス

 いっぱい恋をしたし、おいしいものを食べたし、歌もうたったし、もういいわ。ーー 越路吹雪

 このお盆に生きている全部の人間は、単に今年度の生き残り分にすぎない。ーー 吉川英治

 実際に見た半分も話さなかった。 ーー マルコ・ポーロ

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