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トランスレーションのお勉強


 1979年7月などといえば、まだ生まれていない方もいるかもしれないが、その35年前の内田光子さんと鍵谷幸信さんの、廃刊になった「音楽芸術」誌での対談記事。よほど面白いと思ったのかスクラップしたものが残っていた。

 
 写真は一枚だけ借用した。あたしは内田光子さんのファンで、この方の仰ることには「そうだよな」と納得することが多い。その内田さんもこのころは31才とお若い。この対談は鍵谷さんが翻訳業を兼ねていらっしゃることもあって、翻訳のことから話が始まる。内田さんは翻訳拒否派。原語で理解するべきで、訳というものは違うものになってしまうものだと主張なさっている。内田さんの父親が外交官で、彼女は12歳の時に渡欧。一時帰国はあったが、このころもロンドンが拠点だった。そういった背景はあるのだが、ま、それは正しいに違いない。  

 鍵谷さんは有名なヴェルレーヌの「秋の歌」を例にとって説明されている。
 教科書にも採用された上田敏『海潮音』から
「落葉」
 上田敏 訳

秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し

 これと並んで堀口大學の訳も有名で必ず引き合いに出される。

秋風の
ヴィオロンの
節ながき啜り泣き
もの憂きかなしみに
わがこころ
傷つくる

 しかし、西脇順三郎さんは、冒頭を 「秋のヴィオロンの長いしゃくり泣き・・・」と始め、「・・・・おれの魂を一つの単調なだるさをもって傷つける」という風に続けているそうだ。

 上田敏にしろ堀口大學にしろ、これはもう作文に近いといえる。内田さんはこういう場合、上田敏を読むというつもりで読むと仰るわけだ。翻訳することによって言葉が変わるということは、その言葉の響きが持つリズムも変わることだというのも頷ける。  
 鍵谷さんの意見では、原語はかなり単純なものらしい。日ごろ、翻訳本のイカサマ振りに辟易しているものとしては、少々血が騒いだりする厄介な展開。  
 元はフランス語だ。きっと独特のリズムと響きが隠されているに違いない。  
 で、病は始まった。

「Chanson d'automne」
Les sanglots longs
Des violons
De l'automne
Blessent mon coeur
D'une langueur
Monotone  

 まずタイトルだ。これは「秋の歌」であって、どこをどうしようと「落葉」にはならない。  

 では、その響きを。「れ、さんぐろ、ろん で、ゔぃよろん、ぐろたん、ぶれっす・む・けー、でゅぬ・らんげー、まなたん」  
 ま、何のこっちゃで間違いない。フランス語は定冠詞がやたら多く、その変型もあるから分からない部分もあるが、Les sanglots longs のLes は英語のtheに当たる。sanglotsは泣き声でlongsはlong。
 で、「れ、さんぐろ、ろん」は長い泣き声というような意味。
 
 Des violons De l'automneはDes がof theのような働きでviolonsはヴァイオリン。
 De l'automneは「秋の」。
 次の件は一気に、Blessent 傷つけられる(受け身の変型) mon=私の coeur=心。秋の風をヴァイオリンの音に例えていることが分かる。

 ここまでで「秋のヴァイオリンの泣き声が私の心を傷つける」ってことになる。さあ、あと少しだ。D'une langueur 倦怠、Monotone. 単調と続く。
 これは「おれの魂を一つの単調なだるさをもって傷つける」という西脇順三郎さんの訳がストレートだ。「ひたぶるにうら悲し」などというのは創作で間違いなくも、これはこれで大したものなのだ。で、大事なのは、「Les sanglots longs」(れ、さんぐろ、ろん)を「長い泣き声」と頭の中でトランスしてはいけなくて、「さんぐろ」と言えば「泣き声」のイメージが広がるようでなければ原語で理解したことにはならないのだ。ではもう一度復唱「「れ、さんぐろ、ろん で、ゔぃよろん、ぐろたん、ぶれっす・む・けーでゅぬ・らんげー、まなたん」
 ま、昼間の2時間ほどをこういったバカなことで費やしたのだが、ここまで読んだあんたも偉い。フム。

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