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フォトグラフィ


 今となってはまったく関係もなく気にすることもないわけだが、「七五三」の家族連れを見た。昔からの風習だが、そもそも何のお祝いかすらも忘れた。神社の側を通って知ったのだけど、ちょうど7才と思しき女の子が写真を撮られているところだった。傍らにはちょっとダンディなお爺さんが並ぶ。孫のお祝いに付き合っている光景だ。それで女の子がピースサインをしてパシャッと撮られたわけだ。しかし、ほのぼのとした光景ではあるが、見るんじゃなかった的な気持ちが一瞬よぎったのだ。出来上がった写真はアルバムに収められたりするのだろうが、この子が生きている限り、二十歳になろうと還暦になろうと「これは七五三のときで・・・」などという会話が交わされるわけだ。老い先長くないぞと感じている自分と、この先長く生きていく女の子のタイムラグに嫉妬したわけでもあるまいが、たぶんその時間差に苛立ったのではないかと思われる。そのように、無関係な現場に立ち会う気もなかったのに、一瞬、その時がゴーッと音を立てて流れたような気がしたのだ。



 近ごろは何かというと皆がスマホを振りかざす。実際の現場を見ることはなく、ファインダーを通して目撃者になる。有名人といわれる方々は頻繁にスマホの餌食になって不快な思いもしているに違いない。ウチには父と母の若い頃の写真も数葉残っている。見るとへエーッというような感想はあるにしても、すでに過ぎ去ったものであってとりわけ感慨があるというものでもない。潜水服を着た祖父と思しき人の写真もあるが、これなどは謎に近い。写真は今を生きている人たちのまったくパーソナルなもので、他人が入り込める余地はほとんどない。外国映画の中で家中に家族の写真を飾っているシーン見ることがあるが、あれはなかなかいい風習だと思う。写真はアルバムに収めて隠すものではなく、今生きていることを実感するためにあるように思う。自らのアイデンティティを確認するものであると考えれば、自分が何者であるのかを何時も感じていた方が少しは潤いも増そうってなものなのだ。

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