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モラルなどないこと


 佐賀という町で過ごしたこどもの頃、夏休みになると市の中心部にあるお濠の周りで花火大会があった。  
 母と姉弟三人連れ立って幾度か見に行った。下が水だから好都合だったのだろうけど、お濠とか川とかというものは、そのスペース分が人の立ち入れない場所になるわけで、混雑はすさまじいものになることは避けられない。場所取りなどという知恵などあるわけもなく、何年も行ったはずだが座って見た記憶はない。いい場所には少し危なさそうなおやじがいたりして、ご満悦そうな様子をこれ見よがしに周りにアピールしていたりした。一人で座っていて後から家族がやって来るってな案配で、どこをどう決めているのか知らないが、誰かがその周辺に座ろうとするものなら「そこは人が来る」とか怖い顔をして威嚇した。ま、そうとう嫌な感じだ。人が大勢集まる場所が苦手になったのはそのような記憶のせいだ。息子が小さいころはいわゆる行楽地というものにもずいぶん足を運んだが、そこでも傍若無人なおっさんたちに何度も遭遇してゲンナリさせられた。昨年は神宮の花火大会に仕事帰りに寄ってみたのだが、およそ空の見える場所というものは、小さい路地であろうと階段であろうと座っている人で埋め尽くされているのを見て驚くというよりも呆れてしまった。花火を見るということはもう少し風流なことであるような気がしていたが、あんな状況で見た花火の記憶はどんなものになるのだろう。  

 今年の隅田川の花火は周辺のゴミがすさまじいものになったそうだ。写真もいくつか見ることが出来るが、上野の花見と同じようなものだ。ワールドカップでのゴミ拾いの美談はどこへと嘆かれているわけだが、先鞭をつけた輩がいてあっという間に広がったのかもしれない。  
 この世には法で規制できないというか、規制しない物事というものがあって、それは個々の判断に委ねられる。ま、モラルとかいうヤツだ。しかしながら、それは破ろうと思えばいとも簡単に覆すことの出来るものであって、非難はできても抗議の対象とはならない。すると、例えば座る場所を確保するためにペンキを塗ったりするアホも現れる。  
 それは獲ってはいけないという場所で魚介類を無断で拝借するおっさんたちや、深夜に海辺で花火を上げるヤツと同類で、傍観する人たちにできることは苦り切るということしかない。みんなで苦り切って不愉快になるわけだ。で、防御策はただ一つ。そのような類いの人の集まるところには行かない。そういう場所はそのような人たちにお任せするに限るってなことだ。

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