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レースしているわけでもないのに


 郊外に越してきて10年ほどが経つ。未だに慣れないのは車の運転で、都心部に比べれば大雑把というか下品だ。運転する人に共通するのは信号で止まりたくないという心理だが、それもここいらでは際立っている。どちらかと言えば都心部の方が運転マナーはいい。それは道路事情にもよる。例えば赤坂の大きな交差点で、信号が黄色で横断を決行したとすると、交差点そのものが大きいものだから道半ばで完全に赤になってしまう。途中で黄色に変わったものならいざ知らず、黄色で突っ込んで行くのは無謀ともいえる。しかしながらこの町では黄色は「まだ行ける」という判断になるらしく、右折車は赤になってから焦ったように何台か連なって曲がって行く。ま、それがここでのルールらしいから仕方ない。先日、東中野の駅前で元アイドルのおばさんが信号無視の揚げ句に自転車を撥ねて逮捕と相成った。赤信号で止まりたくなかったのか、まだ行けると判断してしまったのかは分からないが、無茶な運転であることは間違いない。うまく自転車を除けることが出来たとしても逮捕されてしかるべき運転だ。その上、飲酒だという。酩酊で判断が狂ったのかどうかは知らないが、事故を起こした瞬間「しまった」と思っただろう。たぶん日常的に飲酒運転を繰り返していたものと思われる。今回も事故さえ起こさなければ誰にも分からなかった。むかしの演奏仲間には毎夜のように飲酒運転で湘南方面に帰るヤツがいた。危ないことこの上ないのだが、ケラケラ笑いながら「ほんじゃ、また」などと言って帰っていった。彼が飲酒運転で捕まったという話はついぞ聞くことがなかった。ま、そんなものらしい。
 今の人たちはこぞって大きな車に乗りたがる。まるで小型バスのような車が流行らしい。車幅感覚がつかめないらしく、特におばさん系の車には擦った痕のある車も多い。それに車そのものの性能が著しく向上し、スピードは出るし故障も少なく至れり尽くせりの装備も整っている。それは取りも直さず凶器としての完成度が上がっていることを意味する。




 黒澤明監督の「天国と地獄」の戸倉警部の台詞の中に「自動車」という言葉が度々使われていた。「わたしは自動車で移動する」というように。1963年(昭和38年)当時、今のように「車」と省略せずに「自動車」と言っていたらしい。マイカーブームは1964年のオリンピック以降に訪れる。それに先駆けていたのは1960年のマツダクーペと1958年のスバル360で、小型過ぎるほど小型だったが、手の届きそうな価格で誰もが車を所有できるという夢を与えた。たいしたスピードが出るわけもなく、のどかな時代の優しい車たちだった。
 ぼくらの2世代ほど前のバンドマンの車の話には笑えるものが滅法多い。スタジオミュージシャンとして多忙を極めたころ、移動が面倒だというので各スタジオにドラムセットを置いていたというチコ菊池さんの話に大笑いしたことがある。
「ほら、車ったってさ、当時のオレらの乗れる車はだいた中古車でさ、それも恐ろしく安い車を見つけて買ってくるんだよ。いわゆるポンコツ。それでさ、乗せてもらった車は助手席の床に穴が空いててさ、道路が直に見えるんだよな。ま、それでも問題ないんだけど、困ったのは雨の降る日でさ。むかしは今のようにどこでも道路が舗装されているわけだじゃないだろ。水たまりが出来ていたりすると、運転しているヤツが「来るぞ」ってなことを言うわけよ。で、水たまりに突っ込む前に足を上げるんだよ。そうしないと水しぶきがひっかっちゃうからさ。助手席に乗って走っていると、オレらの車の前方に凄い勢いで転がって行くものが見えるんだよ。よく見るとタイヤなんだよね。タイヤじゃねえかなんて言っていると車が次の瞬間ガタンって傾いちゃってさ。外れたタイヤが転がっていってたんだよね。もう大笑いでさ」
 植木さんの話も若いころのものだった。「友達の車に5人ぐらい乗って、さあ帰ろうって車を出したのはいいけどね、ハンドルがおかしくなっちゃったらしくてね、右に切れないのよ。真っ直ぐと左折は出来るんだけどさ。みんなを送って行かなきゃならないし、走らないわけじゃないから行こうぜってことになってね、左折だけで走ることになったんだよ。左折しか出来ないから目的地はすぐそこなのに大回りすることになったりするんだよ。みんな必死で考えるんだよね。先が袋小路で戻れなくなるからそこは曲がっちゃダメだとかね。それでクルクル左折だけでみんなを送り届けたんだからたいしたものというか、今思い出しても楽しかったなあ、あれは」
 穏やかな時代の話だけど、車なんてものはたいしたスピードなど必要ないし、長距離ならともかく、そこらを走るのにスピードを出して走っても所要時間に大きな差があるわけじゃない。一刻を争うような事態になっているとも思えず、みんな気を取り直してのんびり行こうよ、ってなことだ。

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