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 7人の刑の執行が行われたとのニュースを聞いた。海外からは人道的に問題があるとの反発もあるらしい。彼らのやったことは無差別殺人だったし、自業自得であるはずだが、一挙に大量の刑を執行したことに対する反発のようにも思える。ここで死刑の是非を問うものではないが、ただ、刑の執行のニュースを聞いて、いよいよかとは思ったが、ざまーみろとかスッキリしたとかいう心持にはなれず、ざらつくような気分だけが残った。



 事件について書かれているものは幾つか読んだが、被害者の立場からの報告が多く、加害者たちがどうしてそこに至ったかは分からぬまま終わった。1990年の衆院選には、渋谷、中野、杉並の東京4区からの出馬だったから、例の音楽付きで選挙カーが走っていたことを覚えている。その5年後にサリン事件が起きた。そのような動きには疎かったが、当時のかかりつけの医者は危惧があったらしく、「破防法でも何でもいいから、サッサと捕まえちまえばいいんだ」と言っていた矢先に起きた。事件当日、午前中の仕事があった。地下鉄の駅前に夥しい数の救急車やパトカーが停まっていて、何事かと思いつつスタジオに着いて事件のことを知った。その時点で「オームらしい」と聞いたから、予測はついていたらしい。当局はまさかの後手に回ったことになる。しかしながら、彼らが逮捕されたことでほとんどの人が終わったと感じていたのかもしれない。そこに刑の執行の知らせだ。色褪せてしまっていた遠い昔の映像が一瞬クリアになって、また消えていくに違いない。事件では13人の死刑が確定している。残った6人の執行の知らせも聞くことになる。

 日本の死刑確定囚は再審請求中の者も含めて100人以上いる。重大な罪を犯したとはいえ、自分が生きてきた世間全体から「お前はいらない」と究極の通告を突きつけられる恐怖はどうだろうと思う。上告、再審請求などと抗う気持ちが少しは分かるような気さえするわけだ。
 当日の朝、死刑執行は告げられるそうだ。以前は前日だとかだったらしいが、自殺を図る受刑者がいたりしたものだから、当日になったそうだ。告げられてそのまま刑場に連行されて、一時間後に執行される。どのように覚悟ができていても、逃れられない恐怖はいかばかりかと察せられる。そこまでの恐怖を体験させたわけだから、それだけで充分な刑の執行が行われたと考えられないこともない。執行する方だって気分のいいものではないはずだ。じゃあそのまま生かして置くのかとなると、やった犯罪の酷さなどを知れば頷けないし、もどかしいパラドックスを抱えたまま世間は回る。

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