☆☆☆

変貌


 久しぶりに見る大久保通りと明治通りの交差点は、いやにスッキリしていて昔の面影は消えた。道路は広くなったし、舗装そのものもグレードアップしたのかと思えるほどだ。



 通りそのものは相変わらず韓流が主流らしいが、以前のようにおばさんたちが群を成すというものではなく若者が目立つように変わった。



 ヨン様の時代ではないわけだ。今は韓流のポップス方面の人気で若者が集まるようになったらしい。



 雑然とした趣は変わらないが、若者が集まれば町の様相は元気になるようにも見える。しかしながら客が並んでいるのは簡単なファストフードの店だったりする。軒を並べる韓国料理の店が盛り上がっているようには見えないところがおばさん連中天下の時代とは違う。町はこうやって少しずつ変化していくのだと思える。変化はここだけではない。最近は都心部に出かけることが少なくなって、月に2、3度ペースだが、行くたびにお上りさんのような気分にさせられることが増えた。道路の様子が刻々と変わる。霞町から青山方面へ抜ける道も、見慣れない大きい交差点があったりして「ここはどこだ?」と目を見張ったりする。六本木、赤坂、銀座方面は録音スタジオが多く、毎日のように通っていたから裏道も知り尽くしていたわけだが、だいたいその裏道そのものが隋分と消えた。道路の変化は著しい。どうやら再来年のオリンピックに向けて、全面的に町の改造が進められているようだ。なにせオリンピックは世界に向けて商売ができる絶好のチャンスだから、そこは抜かりなく町をリニューアルしようということだ。そもそもオリンピックはスポーツの祭典などではなく、スポーツを隠れ蓑にし、世界を相手に金をかき集めることのできる持ち回りのイベントというのが正しいのかも知れない。わが師匠は70年代初頭、代々木にお住まいだったわけだが、「オリンピックで町の様相が一変しちゃってさ、電話だってその頃一挙に普及したし、首都高速はできるし、なんだかさ凄い勢いで東京は変わったよね」と仰っていたが、それがまた繰り返されるらしい。町は生きもののように変化し、僕らはむかしの面影が消えた町に呆然として取り残され、オリンピック以前とオリンピック後というように言われる日が来るのも近い。

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