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廃藩置県


 ヤンキースの田中クンは今季の復帰はむつかしいとか。活躍も目覚ましくなんだかんだで期待していたのだが、ご本人の悔しさは量りがたい。  

 昨日の朝の番組で「今でしょ」の林先生が廃藩置県について語っていたのが面白かった。明治4年7月14日(1871年8月29日)に実施されたそうだ。当初の県の数は藩の数と同じように3府302県もあったらしい。数ヶ月後に3府72県、その後減少して明治22年(1889年)には北海道を除いて3府43県とし、現在の形に続くことになった。

   

 そこで面白かったのは県名の由来というか、決定された際の事情だ。司馬遼太郎さんの見解では、その県を統治していた元々の藩が官軍側についたか幕府側だったかで色分けがなされていると仰っている。現在の県庁所在地がそのまま県名になっているところは官軍側で、県庁所在地と県名が一致しないところは幕府側だという。要するに後のお上に楯突いた地方には後世までその汚名を背負っていただこうってな発想だとされる。官軍に対して賊軍というぐらいだから然もありなんなんだが、勝てば官軍ってのも頷ける話。例えば尾張藩のお膝元では県庁所在地は名古屋だし、県名は愛知で尾張などとはまったく関連はない。徳川御三家の水戸は茨城で水戸県にはしなかった。仙台は宮城、盛岡は岩手などと続く。もちろん旧藩同士の争いもあって事は簡単ではないのだが、懲罰の意を汲む県名というものを決めた過程が興味深かった。

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