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時は移り


 ピット・イン朝の部の時代から、今でも新宿が最も近しい町なのは変わらない。と言っても最初に住んだのが新宿に近い東中野だっただけのことで、もし東横線の中目黒辺りが最初の住み処であれば渋谷が基点になったに違いない。写真は新宿サブナード。上京した頃、靖国通りにはまだ都電が走っていて、このような地下街はなかったが、都電が廃止されると、程なくして工事が始まった。かなり大掛かりな工事で、この付近は長い間ガサガサとしたイメージでしかなかった。数年ぶりにここを歩いたのだが、静かなものだった。ここにしろ新宿駅の地下街にしろ、だいたい若い娘向けのブティックもどきが並んでいるだけだから、ま、おっさんが足を踏み入れるような場所ではない。

   
 爺婆の集う場所は極めて少なくなった。駅ビルの上階にあったレストラン街も、若者ターゲットの店が建ち並ぶだけのつまらないものになった。スイーツ・バイキングに行く爺などいるものか。それは街中でも同じようなもので、コテコテのラーメン屋は次から次へと新規オープンするが、蕎麦うどん系は苦戦を強いられている様子。  
 ピットイン時代の僕らは、アカシヤのロールキャベツとか紀伊国屋下の食堂街は度々足を運んだが、どういうわけか西口のションベン横丁には馴染がなかった。それで、今でもあの界隈は謎だらけ。何度か通り抜けを図って偵察し、今度ここに来てみようなどと思ったりもしたのだが、結局は行かずじまい。末廣亭の周りにも面白い店が多く、ここらも制覇しようと企んだが、ま、新しい場所を開拓するというのは二十代のパワーが必要なようで中途挫折。で、相変わらずこのように昔の店が無くなったと不平を漏らす案配になる。  
 年寄が愚痴っぽくなるのは、自分の記憶の一端が失われていくことに対する抗議のような気もする今日この頃。

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