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楽屋


 以前は毎日のように更新していて、「よくもまあ、書くことがあるもんだ」と呆れる友人もいたわけだが、特に書く事があるから書いているというものでもなく、書いている内に考えがまとまり出すというのが近い。  
 淀川長治さんはインタビューの際にこう仰った。「書くことはいつもあるんです。例えばね、このコーヒーカップを見ていると、カップにまつわる話が浮かびましてね、物語だって作れるんですよ。幾らでも書けるんです」。いつも頭脳がフル回転してらした淀川さんらしい言葉ではある。ま、レベルが違う。  

 で、今日の場合、何も浮かばない。それじゃあってんで、お得意の昔話をしてみよう。  
 銀座のクラブで仕事をしていたのは21か2の頃だ。西5番街の奥にあるクラブは上品な店で、店の周りの雰囲気も上々。新宿などのキャバレーとは一線を画する穏やかさがあった。田舎から出てきた者にとっては気分のいいものであり店に向かう足取りも軽かった。その店をやめてフリーになり、経歴上唯一のビッグバンドに加入したわけだが、旅から旅、テレビ、ダンスホールと目まぐるしい毎日に振り回されて、向いてないことを実感するに充分な日々を過ごした。
 銀座で世話になったバンマスに電話をしたのは数ヶ月を過ぎた頃だっただろうか。既に銀座の店から移っていて、西川口が新しい店だという。いやに遠い所に移ったものだと思ったのだが、ま、バンド経営には色々と事情もある。そこで「アルトは空いてねえんだけどさ、テナーだったら来月から探しているところでさ」などと言われ、テナーを買う金をバンマスから借金してその店に行くことになった。  
 これは別ページでも書いたが、借金返済までの一年半ほど、そのバンドで仕事をした。西川口は東中野から新宿で山手線乗り換え、池袋から赤羽、赤羽で京浜東北線乗り換えと、ま、遠かった。しかも駅から店までも遠かった。下手をすると煙草3本吸えるぐらいの時間がかかった。足取りはむろん軽くはなかった。  

 狭い店で、厨房横をすり抜けてステージに上がる案配だった。この店のありがたかったことは、控室が同じビルのマンションの一室だったことだ。店の喧騒はまったく聞えず、バンマスはいつもステージ時間を気にして時計ばかり見ていたが、僕らはバンマスの「時間だ」の声を聞いて動けばいいのだから、すっかりリラックスして休憩時間を過ごした。部屋は入ったところがDKで、右側に6畳ほどの和室があった。和室はショーの方々の控室になっていた。歌手の方々の場合は一人だから問題はなかったが、人数の多いダンサーなどのショーの場合は手狭な和室は通勤ラッシュの電車のように混み合った。  
 マネージャーが必ず同行するというものでもなく、中には一人で譜面の入った大きなトランクを引っさげて来る方もいらした。何度も来て慣れてくると、和室には入らずに僕らの部屋で過ごす方も現れた。数ヶ月に一度のペースで、懐メロ歌手週間というものがあった。その週はディック・ミネさんとか、霧島昇さん、灰田勝彦さんなどなど往年のスター達がブッキングされた。若い方には誰のことだか分からないだろうけど、ま、その、ひと昔前の大スターの方々だ。ここでほとんどの懐メロ歌手の歌伴を経験した。  
 ある御大は発声練習をバスルームで行われた。それも小用を足しながら。マンションのバスルームだ。御大は水を流しながら小用を足さないものだから、「あああー、あああー」とドボドボドボが同時に響き渡った。  
 ディックさんはどういうわけか、必ずエロ本を持っていらした。バンドマンはエロ本を喜ぶという思い込みがあったに違いなく、「ほれっ、これなんざ凄えだろ」と得意満面の笑顔で、洋物の無修整エロ本をテーブルの上にドサドサとお広げになった。僕らはゲンナリしつつも嬉しそうにしなきゃ失礼ってものだったからこわばった笑顔で対応した。もちろんエロ本は置いていくというようなことはなく、仕事終了と共に回収された。  

 よく話を聞かせて頂いたのは淡谷のり子さんで、可愛い方だった。淡谷さんは初めてパチンコをやった日のことを話してくれた。北海道のどこかの街で時間が空いたものだから、パチンコ屋に入ろうと思われたそうだ。しかし勝手が分からない。最初に玉を買うことが分かって買われたのは大量の玉だった。はっきり覚えていないのだが、聞いていた僕らが一様に「ええーっ」と声を上げたから相当の量をお買い求めになったらしい。それで、淡谷さんはその玉がなくなるまで打つのがパチンコだと思っていらしたらしく、「これが、全然減らないのよ」とあの声で仰るのだ。僕らは爆笑しつつ「それで、どうしたんですか?」と聞くと、「つまらなくなっちゃって、隣にいた人にこれ差し上げますからやってくださいって言ったの。目、真ん丸にして、えっそんなに、って言うから、お願いしますって言って出て来ちゃった。悪い事したかしらね」  
 その淡谷さんに「昨日はディック・ミネさんだったんですよ」と誰かが言ったときの返事が、「まーた、大風呂敷広げていったんでしょ」だった。風呂敷じゃなくてエロ本だったのだけど、誰もそのことは言わなかった。

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