☆☆☆

江戸前


 そりゃ、ま、昨日だって散歩に出かけたりしたわけだが、春一番とかが吹きまくり、目にゴミは入るし頭髪は爆発状態になるし、ろくなもんではありませんでしたゆえ。

 
 江戸っ子、いわゆる東京人との交友は何人か記憶に残っている。東京人と言い直したのは、3代続いた江戸生まれでなければ江戸っ子とは呼べないなどと言われているからだけど、3代続いたかどうかなど分かるはずもない。全員サックス吹きだった。一人はずっと年上の方で「東中野に住んでいるの?僕はね、東中野っていうより、中野坂上をよく覚えているなあ。今と違って、昔はあそこらは何もないところでね。落ち葉の季節になるとバイクで行くんだけどさ、黄色くなった上をバイクで走ると枯れ葉がワシワシワシって音を立てるのが楽しくてね」  
 そうか、ここらは何もなかったのかと思ったことを覚えている。江戸の関所は赤坂辺りにあって、だから赤坂見附というわけだが、そこから外は田舎というか、新宿だって新しい宿場だったのだから、昭和20年代に中野坂上が山みたいなものだったことはよく分る。  
 もうお一方は終戦の時に6、7才だった先輩で、この方とは東中野駅のホームでばったり出会った。たしか大久保さんといった。大久保さんの話には驚いた。「この東中野駅のホームからね、池袋駅が見えたんだよ。そりゃ遠いんだけどね、なにしろ空襲でそこら中焼けて何もないからね、この駅からね池袋の駅がかすんで見えるんだよ。いや、ほんと。」  
 これは見た人でなければ言えない証言であって、僕らにはどういう風に見えたのか想像もつかない。で、大久保さんの話は、一緒にバンドで演奏していたときのどんなことよりも、久し振りに会ったその時のことのほうが、と言うよりその時の会話しか思い出せない。  
 もう一人はずっと若い方だった。それで、その東京人であるお3方、こう言っちゃあなんだが、どの方もどちらかといえば田舎っぽい方だったのだ。で、身内にもいるが、東京生まれってのは案外身なりも程々に構うものであって、一見野暮に見える人が少なくない。  
 で、盛り場辺りで派手派手しく着飾り、気合いの入った輩というものはだいたい田舎の方である確率が極めて高い。

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