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泥棒


 むかし、ビッグバンドの動きが活発な時代、あちこちの店の楽屋を訪ね歩いて販売する楽器屋がいた。歌舞伎町にはコマ劇場前の広場を囲むようにして3つのダンスホールがあった。コマ劇場の下には「コマダンス」、映画館ミラノ座の上には「ミラノダンス」、それに挟まれて「ステレオホール」。このダンスホールを回るだけでも3つのフルバンドがあるわけだから、大きな儲けはなくとも多少は商売になったに違いない。よく買ったのはサックスのリードで、馴染みになった服部さんからは楽器も何本か買った。もちろん貧しいバンドマンだったから月賦だ。しょっちゅう移動するバンドマンに月賦でものを売るというのもリスクが大きかったのではないかと思われるが、服部さんは鷹揚だった。今のように携帯もない時代だったし、居所が分からなくなればそれまでよの世界だ。服部さんとの付き合いはその後20年以上も続いた。フリーで活動するようになってからは、市ケ谷に構えていた店舗というか、事務所のようなものだったが、そこに赴いてリードを買ったりした。知り合って間もないころ、楽器を月賦で買った際は、毎月の給料が出る日は決まっているわけだから、その日出ている店に服部さんが集金に来た。あの日はダンスホールだったが、どこかははっきり覚えていない。ステージ裏の長い通路のような場所を控室のように使っていた。壁にはハンガーを掛けられるようになっていて、そこに着てきた上着などをかけてステージに上がった。ステージが終わって降りると服部さんがにこやかに待ち構えていた。そこで、かけていた上着から1万円を取り出そうとしたのだが、ない。確かに虎の子の1万円を入れていたはずなのにないのだ。青くなった。当時の1万円は自分にとって大金だったし、すぐ都合できるものでもない。平謝りするしかなかったのだが、その時点では落としたに違いないとうな垂れた。ずいぶん後になって、その時一緒にいたミュージシャンから思いがけない話を聞いた。「あれさあ、あの時のボーヤ覚えてる?」と言う。ビッグバンドには必ずバンマスを助けるような形で、小間使いのような役目のバンド見習いがいた。譜面の管理から、旅に出た際にはドラムなどの荷物も運ぶし、楽屋でも使いっ走りのようなものでこき使われる立場にあった。バンド見習いとは言ってもプレイヤーになるのは稀だったし、歌手を目指す人もいた。「オレはさ、あのボーヤが怪しいと睨んでいたわけだよ。だってそうだろ、オレらがステージに上がっているときにはさ、楽屋にはあいつしかいねえわけだし、だからさ、落としたんじゃなくてあいつが抜き取ったんだよ。まあ、証拠はないから迂闊なことは言えねえしさ。黙ってたんだけどさ、あれからみんな現金なんか持ってステージ上がるようになったから、事件はなかったけどさ。えっ、あいつ? ボーヤ辞めてさ、なんか演歌歌手かなんかの付き人みたくなったらしいんだけどさ、留守番している時にさ、風呂場で一酸化炭素中毒かなんかで死んじゃったらしいんだよ」
 その時すでに彼の顔をはっきり思い出せるものではなくなっていたが、もしかするとそんなことだったかも知れないと当時を振り返り、ボーヤも相当貧しかったはずだし、魔が差したというか、楽屋でメンバーの上着をまさぐる様子などを想像し、腹が立つよりも暗い気分になってしまったのだ。
 サックスのマルタのツアーにホーンセクションで参加した時は楽屋でやられた。浜松のホールだった。サックスのケースカバーにポケットが付いていて、そこに現金を3万円ほど入れていた。ステージの途中でそのポケットに入れていた譜面が必要なことに気付き、楽屋に急ぎ譜面を出してきた。ケースをドア近くに放置したままだったのが拙かった。浜松には車で行っていて、帰りは泊まりではなく一緒に帰りたいというトロンボーン奏者も同乗して東名高速に乗った。最後のサービスエリアで、ポケットに入れていた現金を取り出そうとすると、ない。金が消えている。同乗者がいたからよかった。かなり嫌な顔をされたが、彼に借りることにした。そう言えば楽屋付近に怪しいヤツがいたこと、「こいつ、なんなんだろう?」と思ったことまで覚えていた。マルタのツアーは彼の事務所が仕切る形で行われていた。興行のプロが行なう場合は、楽屋にはケータリングサービスが付き、楽屋への出入りには監視人が付く。しかし、浜松の場合はそういったものは用意されていなかった。丸田氏にしてみれば大きなライブハウスのような感覚だったのかも知れない。油断大敵、怪しいヤツ等はそういったことを敏感に察知するらしい。次の公演先で、マルタは全員を集めて事件のことを話し、注意を促す事態になった。



 小倉のキャバレー「チャイナタウン」には1年ほどいた。後輩のトロンボーン奏者の宮地も一緒だった。ここの店には珍しい業者がやってきた。靴を作ってくれるという。それも足の寸法を事細かく採寸し、足にピッタリ合うものを作るという。ようするにオーダーメードの靴だ。そんなに高価ではなかったし、オーダーメードの靴なんてそう持てるものでもないから作ることにした。この靴は素晴らしかった。ステージだけで使用することにしたものだから、型くずれもせず、その後何十年も履き続けることになった。宮地はしばらく同居していたが、少しは余裕も出来、自分の部屋を借りた頃だった。彼の靴もかなり傷んでいたし、一大決心でオーダーしていた。靴が来た日、彼は新しい靴を履いて喜々として帰って行った。次の日、彼は古い靴を履いて店にやってきた。「あれっ、どうしたんだ。新しい靴置いてきたのか?」 すると宮地は泣きそうな顔と声で「盗られた」と言ったのだ。彼が借りた部屋というものが、昔よくあった靴を脱いで廊下に上がり、廊下沿いに左右別れて部屋のあるアパートだったのだ。アパートと言うより「・・荘」というようなものだ。共同の靴箱に並んだ靴どもの中で一際輝く新しい靴は目立っていたに違いない。同じ住宅の住人の仕業に違いないだろうが出てくるわけもない。「あ、その、ま、なんだ、帰りにラーメンでも食っていくか?」と、慰めにもなんにもなりゃあしない言葉をかけるぐらいしか思いつかなかったってわけだ。

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