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還付金


 新宿ピットインの朝の部だか昼の部だかをやっているころだから、もうずいぶん昔の話だ。ま、このブログの場合、だいたい昔の話になる傾向があって、それは抱えている昔が充分過ぎるほど大きいことによるわけで特に珍しいことでもない。  
 で、その大昔のことだ。何の仕事だかは覚えていないが、ある事務所からちょっとした額の支払調書が届いたのだ。すでにバンドマンの端くれというか、正しくバンドマンであったから何のことやら分からず途方に暮れるばかり。支払金額の横には源泉徴収税額などと書かれていて、それが税金関係の厄介な代物であることは容易に判断できた。  
 これは非常に拙い事態になっているのではないかと怯えが先立ち狼狽える。それより前、箱バン時代にはそのようなものを受け取った記憶はない。ずいぶんいい加減な業界だったらしい。税金というものは収入があれば発生するわけだが、そのような心構えなどなく、バンドマンなんてものは一生そんなものとは無関係に違いないなどと思っていた節もあるから情けない。ま、そのような教育を受けた記憶もない。社会人になってたびたび遭遇した出来事は、学校ってものは若者を閉じこめておくための口実に過ぎないと思わされることが多く、なにしろ学校を追い出されて初めて銀行での金の引き出し方も書留の出し方も知らないことに気付かされた。  
 実際のところ三角関数やら英文法などよりもずっと大事なことだったのだが。

 

 ま、しかし、税金から逃げるわけにも行かず、腹を括って税務署に相談に行くことにした。ところがだ。中野の税務署に向かう途中、サンプラザの前を通りかかると「確定申告・無料相談」という立て看板が見えた。およっ、これは好都合な、ってんで急遽その会場に足を踏み入れると、人も少なく手持無沙汰にみえる税理士の姿があった。そこで支払調書を見せて相談が始まった。しばらくして、相談相手の税理士がとんでもないことを口走ったのだ。「ええー。それでですね、あなたの場合は3万八千・・・が戻ってくることになります」「えっ」  
 「だから、これこれこのような事情で、あなたは税金を払い過ぎているってことになるわけでして、この源泉の分が戻ってくるわけです。えっと、印鑑はお持ちですか。あっ、それではね、ここと、こことここね。これで終りです」「えっ」  
 なんてこった。いきなり税金を支払うことになるのかと思えば金が戻ってくるという。ま、きつねにつままれたような案配で呆気にとられて帰宅。  

 それから一年後、普段あまり付き合いのないピアニストを筆頭に、何人ものプレイヤーから税金の相談を受けることになった。どうしてそんなことになったかというと、この年の還付金を手に入れた話が、いわゆる放送局タイプのヤツによって瞬時の内に広められたらしく、支払調書を受け取ったプレイヤーが「渕野が税金に詳しい」というとんでもない話を聞きつけて集まることになったわけだ。ま、詳しいはずもないが、その仕組み程度を話すだけでもずいぶんありがたく思われたようだった。その時代こそ、僕らの世代のプレイヤーが趣味ではなく仕事としての演奏に従事するようになる境目だったような気がする。

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