☆☆☆

またかよ



 あまり似てはいないが噂の相撲部屋の親方。弟子の暴行事件を隠ぺいしたとか、対応に問題があったとか。被害者の元力士の話を聞くと、とんでもなく乱暴なもの。もちろん、兄弟子に暴行を受けるには理由があって、決められたことをやらないことで怒りを買いお仕置きになったらしい。しかしながら彼は後遺症が残るほどの傷を受けた。その告発を受けて対応に問題はなかったと仰るわけだ。



 だいたい体育会系というものは度々こういった問題を起こす。そのような体質が体育会系たる所以らしい。ほとんどは闇に葬られるが、時々行き過ぎて明るみに出てしまい、ワイドショー格好のネタ提供と相成る。問題発覚、問題発覚と、このような報道そのものが娯楽に近い感覚でなされる。あるプロレス関係者は「こんなもの、あたしらの世界じゃ日常で、毎日ワイドショーネタになっちゃう」と言ってしまう。ま、格闘技だからそんなものかと納得しないでもない。
 それよりも、以前から思っていたことがある。相撲部屋の親方連が集まっているところを見ると、どう考えたってかたぎの集まりには見えない。こう言っちゃあなんだがヤクザ関係の集団に見えたりする。着物などで現れれば尚更だ。なんとか部屋という看板だって、何々組と代えてもおかしくはない。単なる興行であったものが、いつの間にか国技と言われるものになった。この際、国技は返上して「酷技」としてもいい時期ではなかろうか。

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雪かき


 昨日は午後1時からスタジオを予約していたが、すでに昼ごろには雪が降り始めていた。なんてこったい、なんだが、とり合えず積もるような案配になったら即帰るということで向かった。スタジオに着いたあたりで雪はさらに強くなる。結局は1時間で退散することになった。明日は車の運転が難しくなるかもしれないってんで、帰りに気になっていた猫のトイレの砂を買うためにホームセンターに寄った。でかいホームセンターの中は人もまばら、店員は手持ち豚さ、もとい無沙汰。駐車場は坂の上にあって、最後は急勾配。もしやというので、ホームセンターで小さい板を買っておいたのだが、これが役立った。最後の勾配でスリップした。スコップなどを使うほどでもないだろうと考えていたわけで、それが的中したのだ。転ばぬ先の板。あんたは偉い。



 さて明けて今日。これほど積もるとは・・・・。明日はできることなら車で向いたい。楽器2本と譜面の束を抱えて電車は辛い。それで昼前から駐車場の雪かきを始めた。まだ柔らかい内に取り除くに限る。それでも坂の雪はすでに氷状になっていて、雪かきというより氷剥がしに近かった。お年寄りには疲れる作業であって、運動一週間分はやったと思われる。駐車場がなんとかなって家に戻ると、普段あまり使わない玄関前の階段が大変なことになっている。


 朝方誰かが端の方を通った跡があったが、ここを上り下りするのはかなり危ない。スコップを持っているわけだし、ここも人一人が通れるぐらいはやることにした。結局、11時頃から出かけて部屋に戻ったのは午後1時。2時間の罰ゲームは終了した。何の罰かは知らないが、ライブ前に何らかのトラブルに見舞われるのは警告のようで不吉でもあり、しかしながら先に罰を受けてしまえばこっちのものではないかと考えたりする次第。

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魔女狩り


 例のアホな週刊誌がまたまた不倫を暴露し、小室クンが引退発表するという事態にまで発展した。文春砲などと揶揄され、それを褒め言葉とでも思ったのか、すっかり調子に乗った誌の編集部は有名人の下半身の問題を追及することこそが我らの使命だとでも思っているらしい。以前はテレビで見ない日はないほど露出の多かった女性タレントはあっという間に消えた。ついこないだ問題にされた女優も活動休止になっているらしい。だいたい、彼ら彼女らの私生活など知ったことではなく、本業を辞めるまで追い込むとというのは行き過ぎ感を否めない。現代の魔女狩りではないのか。



 近ごろは電車に乗ることも稀だから滅多に見ないが、扇情的な吊り広告に誘われて週刊誌を買ってしまう人がそんなに多いのだろうか。むかしは下品な話題ばかり取上げるものではなかったように記憶しているが、センセーショナルに取上げて世間を騒がせたのは「三浦事件」だった。同じ文春でもロッキード事件は「文藝春秋」の記事から始まった。しかしながら、そうやって隠れた事件を掘り起こして騒ぐと売れ行きが伸びて儲かるということを知り、すっかり味を占めてしまったという経緯はあるはずだ。それなら事件を作ってしまえ。だからと言って捏造はアウトだ。そうだ、世にはびこる不倫だ。これならそこら中に転がっているだろうし狙う相手には事欠かない。なにせモラルに反することだから、暴露しても世間は承知せざるを得ない。斯くて彼らは打ち出の小槌を手に入れたってわけだ。タレント、俳優、歌手、議員、誰だっていい。そうやって誰かをやり玉に挙げ石でもぶつけましょうってな勢いだ。いい加減にしろ、と思う。日本の国民というものはそんなにこの手の話題が好きだったのかってな話だ。そのような話題を広めて悦に入っているヤツ等が気味悪い。この手の話題ばかり取上げる週刊誌はちゃんと別に用意されていることだし、君らがやる必要はない。さっさと本来の良識ある誌面に戻しなさい、と言っても「良識」などという言葉は忘れてしまったかもしれない。たぶん。

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正月の儀


 さて新年お迎えの儀も滞りなく終わり、また普通の日々の積み重ねになった。こういう流れでは「おせちは頂きましたか、お屠蘇は飲まれましたか」などと続くものだったが、そのような格式ばった正月の迎え方をしている家庭は少なくなったのではないかという気もする。5年ほど前、元旦に池袋方面から甲州街道を走って帰宅中、ある場所にやたら車が並んでいた。駐車待ちの車の列だった。ここに何があるのかと覗いてみれば、有名な回転寿司のチェーン店だった。時刻はお昼過ぎだ。「正月から回転寿司かよ・・・」と驚いた。もちろん、当方も重箱何段も重ねたお節料理というものを頂いた記憶はいつだったか思い出せないほど昔であって、お屠蘇などを飲んだのも、一度経験してみたかったから飲んだ、というようにアホな経緯でしかない。しかしながら、私らのように浮世離れした日常を送るものと違い、いわゆる一般家庭では昔ながらの正月の迎え方をしているに違いないという思い込みがあった。
 元旦、町を車で走っていて「へえーっ」と再び驚くことになった。回転寿司のチェーン店どころではなく、開いている店ならどこでも、ステーキハウス、ハンバーグ専門店、カレー屋、およそ食に関する店の全部が普段以上に賑わっていたのだ。ここらはベッドタウンであり、客のほとんどが家族で独身者は少ない。どうやら近ごろのお母さんは正月の料理というものを作らない方が多いらしい。それで、ネットで検索して出てくるのは下のような写真だが、大半は12月ごろ盛んに売り出されるどこぞの料理屋、ホテルなどのおせちセットのものだ。



 実際、これを手作りで仕上げるには膨大な時間が必要だし、一々作っていられないというのも分かる気はする。これらのものの売り上げは好調らしい。お手軽な新年お迎えの儀ではある。

 それで、懐に余裕のある方々は海外で過ごすというのが一つの流れになっている。わざわざ海外に出かけて正月を迎えるというものもよく分からない流行りなんだが、帰ってくる人たちが「えへん」的なオーラを出しているところを見ると、充分に優越感を満たしてくれるものらしい。こちらは軽い操状態であり、まさしく「操月」と言えないこともない。

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俳優、永山一夫


 相変わらず読書熱は冷めず、2日や3日といった間隔で次々に読み進む。昨日読み終わったのが「勇者たちへの伝言(いつの日か来た道)」(増山実・著/角川春樹事務所刊)
 野球帽をかぶった少年がイラストで描かれているから、てっきり野球にまつわる物語かと思っていたら、話は予想もしない方向に動き始め、後半は一気に読み終えた。



 この本の中に「永山一夫」という人物に触れる個所がある。実在した人だ。声優、俳優として1960年代に活躍した人で、テレビ人形劇「ブーフーウー」の狼役として知られていたらしい。永山さんは1971年に新潟から北朝鮮に帰国された。いわゆる帰国事業だ。一時中断する1967年までに第155次を数え、1971年に再開されて1985年まで続いた。この間に海を渡った在日朝鮮人はおよそ93000名。永山さんは再開した際に乗り込んだことになる。
 帰国に際して、本国が在日同胞に見せたものは「地上の楽園」と称される完全就職、生活保障を謳ったものだったが、実際に彼らを待ち受けていたのは過酷な労働の日々であり、少しでも逆らえば収容所送りになる現実だった。あまつさえ帰還者に対する蔑視もあった。ほとんどの帰国者が辿った苦難は想像を超えたものだとされている。
 この本の著者はこう書いている。
「現在に生きる人間は言える。あの帰国事業は失敗だった。いや、失敗という言葉は正しくない。在日朝鮮人を体よく朝鮮に帰したい日本、自国の政治体制の優位を宣伝する手段として利用したい北朝鮮、そんな国の思惑が絡んだ国家ぐるみの壮大な詐欺。そう言った方が正しい。」
 その通りだったに違いない。日本のマスコミはそのような実態についての情報はなかった。当時の映画「キューポラのある街」などでは帰国を祝うシーンが描かれたりしていた。

 本を読み終わった後、永山一夫という人を調べた。その中に驚くことが書かれているページがあった。「零戦黒雲一家」に出演とある。この映画は観た記憶がある。石原裕次郎主演の戦争映画だ。それに出ていたとは。長い間気になっていた役者さんだった。強く印象に残っていた彼が、帰国したということは知っていたが、何という名かは分からぬままに50年も過ぎていた。しかし、よくよく調べてみると、彼が出演したのは映画の方ではなく、64年11月から半年の間テレビで放映された「ゼロ戦黒雲隊」という番組だった。その中で隊長役をやっていたのが永山一夫さんで、記憶がごちゃ混ぜになっていたらしい。



 好きな役者さんだったから、帰国すると聞いたときはガッカリしたものだけど、この小説のおかげで彼の名を知ることができた。やはり彼も帰国後の消息は不明で、親交のあった黒柳徹子さんは安否を気遣っていらしたらしいが、後に彼が亡くなったと報告された。

 こどもの頃、育った街ではそのような気配はなく無縁だったが、朝鮮人に対する蔑視は日本中至る所にあった。学校でいじめられたという話も聞いた。「にあんちゃん」など、在日を扱った映画もあったが、そんなものはたいした力もなく、大人たちはこぞって朝鮮人をバカにした。理由など子供に分かるわけもなく、もし周りにそんな人たちがいたら、僕らもそれに従ったかもしれない。そう考えると砂を噛むような思いに捕らわれる。

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