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災害



 朝のニュースショー番組で「この災害は政治の責任が大きい」という論説を滔々と述べる方がいて、何を言っているのかと腑に落ちなかったのだが、その最後の部分だけを聞いたものだから詳細は分からず仕舞いだった。ちょっと検索して新聞記事に行き当たる。どうやら避難勧告が出るほどの豪雨だったにも関わらず、当日の夜に首相たちが宴会の場にいたことが問題らしい。危機感をまったく持っていなかったということが重大だという。さらには自然災害対策よりミサイル防衛にかまける愚などと書かれている。多くの犠牲者が出たことでの非難だが、では普段からそのようなことを言う方々が自然災害対策に目を向けろと言っていたという話は聞かない。こう言っては何だが、結果論で非難しているような気さえする。そりゃあ危機感を持って宴会を自粛する選択肢はあったにしてもだ。彼らが飲み会を止めることと災害の結果に因果関係はない。
 なにしろ避難勧告が出ても住民の腰は重く、速やかに家を離れる人は決して多くない。危機管理は人に任せるのではなく当事者の判断がすべてだと思えるのだが、こうやって被害が大きくなると、とにかく誰かに責任を負わせなければ気がすまないらしい。

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気象予想


 関東は早々と梅雨明けしたというのに、西日本では停滞した梅雨前線が猛威を振るい、甚大な被害が出ている。土砂崩れによる被害が大きい。豪雨被害のニュースでは必ず土砂崩れという言葉を聞く。体験してない者にはその恐ろしさが分からない。城のような石垣の上に建っていた生家の裏は山だった。山は大きな孟宗竹が密集していた。孟宗竹は根張りが強いから土砂崩れは起きないというようなことを何度も聞かされた。しかしながら風の強い夜に不気味な音をたてて騒めく竹というものは恐ろしかった。



 以前、何度も触れたが、10年ほど前にスーパーコンピューターを使って今後100年の気象をシミュレートした番組を録画していた。ちょうどアメリカでカトリーナが吹き荒れたころだ。あれも気象学者は地球温暖化の影響だと考えられるなどと言っていた。それを受けて日本でも今後の気象の変化を見極めようとしていたわけだ。ビデオはハードディスクが壊れて消えてしまったが、幾つかの興味深い話は覚えている。その中の一つが、西日本、特に九州地域での長雨の予想だった。梅雨というよりは、ほとんど雨期のような状況になる可能性を示唆していた。なんだか予想以上に早くその事態になりつつあるような気がする。温暖化で気圧の流れそのものが変わっていくわけだから避けられないということだった。4月が初夏の季節になり、入学式は桜ではなく初夏の陽射しの中で行なわれるようになるという予想だった。確実に夏は早まっているようにも思えるし、次に世界を襲うのが熱波だという予想が当たらなければ思うが、徐々にそれに向かっているような気がして穏やかではない。

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 7人の刑の執行が行われたとのニュースを聞いた。海外からは人道的に問題があるとの反発もあるらしい。彼らのやったことは無差別殺人だったし、自業自得であるはずだが、一挙に大量の刑を執行したことに対する反発のようにも思える。ここで死刑の是非を問うものではないが、ただ、刑の執行のニュースを聞いて、いよいよかとは思ったが、ざまーみろとかスッキリしたとかいう心持にはなれず、ざらつくような気分だけが残った。



 事件について書かれているものは幾つか読んだが、被害者の立場からの報告が多く、加害者たちがどうしてそこに至ったかは分からぬまま終わった。1990年の衆院選には、渋谷、中野、杉並の東京4区からの出馬だったから、例の音楽付きで選挙カーが走っていたことを覚えている。その5年後にサリン事件が起きた。そのような動きには疎かったが、当時のかかりつけの医者は危惧があったらしく、「破防法でも何でもいいから、サッサと捕まえちまえばいいんだ」と言っていた矢先に起きた。事件当日、午前中の仕事があった。地下鉄の駅前に夥しい数の救急車やパトカーが停まっていて、何事かと思いつつスタジオに着いて事件のことを知った。その時点で「オームらしい」と聞いたから、予測はついていたらしい。当局はまさかの後手に回ったことになる。しかしながら、彼らが逮捕されたことでほとんどの人が終わったと感じていたのかもしれない。そこに刑の執行の知らせだ。色褪せてしまっていた遠い昔の映像が一瞬クリアになって、また消えていくに違いない。事件では13人の死刑が確定している。残った6人の執行の知らせも聞くことになる。

 日本の死刑確定囚は再審請求中の者も含めて100人以上いる。重大な罪を犯したとはいえ、自分が生きてきた世間全体から「お前はいらない」と究極の通告を突きつけられる恐怖はどうだろうと思う。上告、再審請求などと抗う気持ちが少しは分かるような気さえするわけだ。
 当日の朝、死刑執行は告げられるそうだ。以前は前日だとかだったらしいが、自殺を図る受刑者がいたりしたものだから、当日になったそうだ。告げられてそのまま刑場に連行されて、一時間後に執行される。どのように覚悟ができていても、逃れられない恐怖はいかばかりかと察せられる。そこまでの恐怖を体験させたわけだから、それだけで充分な刑の執行が行われたと考えられないこともない。執行する方だって気分のいいものではないはずだ。じゃあそのまま生かして置くのかとなると、やった犯罪の酷さなどを知れば頷けないし、もどかしいパラドックスを抱えたまま世間は回る。

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辛口


 評論家というものは苦言を呈するという形でちょっとした放言をして顰蹙を買ったりする。セルジオ越後というサッカー評論家の発言が苦言だか放言だかは分からないが、惜敗という評価が高まる日本代表チームに関していみじくも仰ったわけだ。「冷静になって全部振り返ってみてください。10人の相手に1勝しただけで、あとは2敗1分のチームがどうして強いと言えるんですか」
 これに対しては「よくぞ言った。ゆってやって、ゆってやって」という方々と「何をほざきやがる、祝賀ムードに水を差しやがって」という方々がいるわけだ。なにしろ時間稼ぎの展開をしてまで決勝トーナメントに進んだわけだから、ここで勝てばよくやったということになって万万歳だっただろうけど、そうはうまく行かないのが世の常。そこのところを越後さんは実力不足であって惜敗ではないと仰るわけだ。リードしていた後半、監督は舞い上がって頭が真っ白になっていたのではないかとも仰っている。どう防いでいくかではなくて、「おお、すげー、どうしよう、どうしよう」ってなことだ。怒濤のような攻撃であっというまに同点にされ、ひっくり返されたわけだから冷静ではなかったかもしれない。健闘を称えるものではあっても、世界のレベルに達したという評価は早計だと指摘されていて、ま、それはかなり正しい。

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脱皮


 まさか朝の3時からのサッカー中継を見るほど若くもなく、ワイドショー番組で結果を知ることになったわけだが、手痛い敗戦だと予想されていたものが健闘したのは確かなようだ。しかしながらアディショナルタイムにひっくり返されてしまう不運。ゴール前での乱戦模様になったりすると体格差が影響してくるような気もするし、体格差そのままのストライドで急襲されると防ぎようがないように思えたりもする。来たれ、アメフトに見切りをつけた若い選手たちよ、サッカーに転向しろ。こっちの水の方がずっと甘いぞ。

 今日久し振りに山の手通りを車で通った。都心部に出かける際、だいたいは勝手知ったる裏道などを利用するから、幹線道路は滅多に通らない。それで昔懐かしい中野坂上の交差点で時の移ろいの素早さなどに唖然とするほど驚いてしまったわけだ。



 この右手の角はラーメン屋だった。その前を通って50メートルほど歩くと中野坂上駅があった。交差点の周りには何もなくペッタンコの町だった。夜遅くなるとその中華屋の灯だけが煌々と辺りを照らし、存在をことさら主張していた。

 

 左側にはちょくちょく利用した金物屋兼雑貨屋があった。もちろんビルなどではなく、平屋の狭い店だったが、商品は幾重にも重ねられ、天井からぶら下がっているものさえあった。おっちゃんに訊くとたいていのものは出て来た。サンドペーパーを買いに行くと、あらゆる種類のものが出て来た。狭いスペースに東急ハンズに負けないほどの商品が置かれていたのではないかと思える謎の店だった。両隣の店がどうだったかは記憶にないが、長屋風の並びだったような気がする。



 清水橋あたりも変わった。全体的に建物が高くなった。初台から中野坂上までは割と殺伐とした雰囲気があって、いつも速足で駆け抜けていくようなイメージだったが、どこかしら潤いが漂う町並みになった。



 町は呼吸していると言える。いつの間にかすっかり整理されて奇麗になった交差点などを通るとそう思う。逆にある日近代的なマンションが建った大久保通り沿いの一角を通ると、すっかり古ぼけて薄汚れて見える建物に時の経過をいやでも感じる。こうやって脱皮を繰り返し、町は数年ごとに昔の記憶を消去してお年寄りに引導を渡すってわけだ。

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