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歳末未満



 たいした興味がなくてもなんとなく目に付いてしまった大晦日の紅白の出演者発表。いよいよ、知っている方より知らない歌手の名前が上回った。名を聞いたことはあっても顔が浮かばない手合が増えた。もっとも、歳を食ったものには必要な情報であるわけもなく、へえーと言うしかない。いわゆる流行り歌のタレントというものが時代を象徴する存在だったのは遠い昔になった。昭和の中期はそれこそ国中の人たちがテレビにかじりつくようなイベントだった。歌手の方々は手の届かない彼方に燦然と輝くスターだったし、そのスター達が一堂に会するという贅沢さが支持されていた。近ごろは選考基準が曖昧だという声もあるらしいが、選挙で決めるわけでもなし、局が勝手に決めることだから仕方がない。ヒット曲優先になどといっても、そのヒット曲というものが昔のような勢いでは現れない時代だから止むを得ない。

 あちこちでイルミネーション点灯などと聞き、歳末に突入していることを知る。Yahoo!USAを使いイルミネーションで画像検索するとまず日本の画像が出てくる。日本はイルミネーション好きらしい。アメリカではニューヨークのロックフェラーセンターのものが有名で、ショーが繰り広げられていたりする。



 LEDのおかげで青白い光のものが増えたが、あの寒々しさよりもやはり電球色の方がほっこりしていて好ましい。個人的意見だけど。

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ハンバーグの集まり


 昨日。突然ハンバーグが食べたくなって、そう言えば一回だけ行ったチェーン店があるなと思い出した。最近はその類いの食事は滅多にせず、ほとんどうさぎのように野菜系ばかり頂いているわけだが、たまにはいいかってなものだ。

 

 さて件の店の駐車場に入ると案外混んでいる。昼の2時過ぎでこの混みようかといささか驚き、並んでいるようだったらあきらめようと店に入った。「何名様ですか?」と訊かれ、一人だというとすぐテーブルに案内された。「よし、よし、予定通り食べるか」ってなものだ。注文も済ませ、手持無沙汰になったところで辺りを見回す。「うん?・・・」と気付く。けっこうテーブルは埋まっているのだが、見回したところオバさんの姿しかない。それもほとんどがグループ単位。そのうち盛り上がった嬌声が響いたりする。「やや、こ、これは」と、事態が思ったより異様であることに考えが及ぶ。言ってみりゃあ図らずもオバさんの女子会の中に紛れ込んでしまったおっさんといった案配だ。これは早く食って退散するに限るという選択肢以外にはない。
 この町にはこのような店が幾つかあるが、ここもそうだったわけだ。どうしてか、オバさん達がランチタイムに集結してしまうのだ。昨日の場合は子供が小学生以上だと思われる年齢層だったが、赤ん坊連れの準オバさん達が集結する店もあるのだ。いわゆるファミレス系の店だから長居がしやすく、ランチタイム630円という設定も大きいと思われる。以前はファミレス系の店など深夜以外に入ったことがなく、このような集まりが中野とか新宿でも行われていたのかどうかは分からない。
 2人連れの場合は案外静かなものなのだが、3人を超えると状況は一変する。先ず声はでかくなる。笑う際に手で口元を隠したりしなくなり、だいたい一人ぐらいは大口開けてゲタゲタと笑うようになる。姦しいとはよく言ったものだ。何を話しているのかは知りたくもないが、こうやって午後の2、3時間ほどを喋って過ごすのが憂さ晴らしにでもなるらしい。
 ハンバーグをそのような話し声をBGMに落ち着きなく食い終わり、早々に席を立ってレジで支払う際、「ここは、この時間オバさん専用なの?」と店員に冗談半分で訊いてみた。すると、店員から「今日は、まだマシな方です。いつもと比べれば静かです」と返ってきた。うるさいと抗議したわけじゃないんだが、店員は即座にそう判断したのか、いつも気になっていることがつい口に出たのか、ウンザリしたような表情で仰ったのだ。お察ししますってなものだ。

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先生


 こないだ読んだ本の中に「黒板はどちら向きだ?」というのがあった。えーっと戸惑いつつも大半を過ごした佐賀の町の学校の様子を思い浮かべた。小学校、中学校、高校、何れも山を右に見る方向に座っていた。ということは黒板は西の方角、つまり東向きにあったことになる。姫路の小学校でも同じだったような気がする。必然、窓は南にあり、廊下は北側。学校の廊下が冬など特に寒々しかったのはそういうことだったらしい。これは国が決めていることで、南側から光が差すことにより、多くを占める右利きの生徒が筆記の際、手の陰に邪魔をされないように配慮されているという。ということは、そんな話を聞いた記憶はないが、左利きの人たちは「書きにくいなあ」などと思っていたのだろうか。



 子供の頃の黒板は、本当に黒板だった。決してきめ細かい質感ではなかったし、黒板消しの大きさも子供の手に余るようなずんぐりしたものだった。付いたチョークの粉を払い落とすのは鬱陶しい作業だったことも覚えている。いつの間にか黒板はきめ細かく緑がかったものに変わった。黒板ではなかった。
 そのようなこと思い出していたのだが、さて小学校の先生の名前が一人だけ浮かばない。最も印象深い女の先生で、姫路の小学校から転入してきたばかりの新参者が周りに馴染んでいけたのはこの先生のおかげだった。誰にで優しい先生だったが、ことさら気にかけてくれていたのではないかと後になって思った。
 ある放課後、繁華街の方から家に向かって歩いていると、自転車で下校中の先生とすれ違った。挨拶する間もなく、先生は急ブレーキで自転車を停めて話しかけてこられた。経緯は覚えていないが、先生と近くにあった街で唯一のデパート「玉屋」へ同行することになり、そこで先生は袋詰めのチョコレートを買ってくれたのだ。いわゆる欠けたような断片が詰められたものだったが、たっぷりと押し込まれて膨れあがった袋には何よりもありがたみがあった。小躍りしながら帰ったような気もする。先生が転校生である青白い子供に何を見ていたのかは分かるわけもないが、目の中に陰でも見えていたのかと今は思う。
 先生はこどもの目から見るとおばさんだったが、産休で休まれて無事出産された時に、クラスの何人かとお祝いに駆けつけたことをはっきり覚えているから、もしかすると20代だったのかもしれない。僕らが代わる代わるプヨプヨの頭を撫でた赤ちゃんも今は50代を迎えているはずだし、時の経過は想像を軽く超えていることを実感する。
 しばらく名前を思い出そうとして呻いていたのだけど、当然フルネームで思い出した。「原菊江」先生だ。フルネームで覚えているのは原先生と小学校4,5,6年と持ち上がりで3年間お世話になった村岡義治先生以外にはいない。原先生は産休もあったわけだから一年にも満たなかったが忘れられない先生だったことは確かなのだ。
 祝、八田(やつだ)、権藤、高野、池田、筒井、飯盛(いさかい)と担任だった先生を全員思い出したが、フルネームはいなかった。もちろん卒業アルバムなどを見れば思い出すのかもしれないが、それでは覚えていることにはならない。しかし、残念なことに、原先生の顔などは輪郭さえ覚束無い有り様で、ちゃんとした卒業アルバムがなかったものだから知りようもなく、ここでは時の経過の残酷さを知ることになった。

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グロテスク



 近ごろますますテレビを見なくなった。食事の際になんとなく付けるのは長年の癖のようなもので、食事時というものはだいたいがワイドショー仕立てのニュースとかが多い。で、2、3日前は競馬の騎手のだれそれが不倫疑惑だとか、真剣に口角泡を飛ばして議論していた。またかよ、ってんわけでチャンネルを変えると、そこでもやり出した。一方、不倫疑惑で一旦は離党して選挙に臨んだ女性議員が当選すると、「意外だったな、おい」ってな調子で本人を追いかけたりする。そりゃ、まあ、この世には2種類の人間しかいないわけで、動物的な問題は起こるのだろうけど、そんなことにばかり注目するマスメディアというのはよほど暇なのかマヌケなのか、どちらともなのか。
 桐野夏生の「グロテスク」という作品が案外評判が良かったような記憶があって、こないだブックオフで入手し読み始めたはいいが、次第に展開がおどろおどろしくなってきて読むのを中断したばかり。なんせ東電OL殺人事件がモデルだから気味の悪い展開も仕方ない。歳を取り、次第に重いものと向きあうパワーが減少してきたというか、現実味のある清涼感を求めるようになった。そんなところで重松清が浮上したわけだ。もちろん犯罪ものをまったく受け付けないものでもないが、あまりディープになってくると拒否反応が起きる。テレビとか週刊誌の不倫疑惑徹底追及ってな様子はつくづく下品でおどろおどろしい展開と同じようにも思える次第。

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slant eyes


 むかし、ある先輩の妹さんがアメリカ人と結婚した。たしかニューヨーク在住とか聞いた。先輩にはアメリカ人の親戚ができた。結婚相手には兄弟がいて、その一人が日本に遊びに来た。東京案内しなくちゃってんで、とりあえず新宿に行ったそうだ。日曜日で新宿通りはホコ天。そこを連れだって歩いていると、突然興奮して大きな声で話し出した。何だと訊いてみると「すごい、すごい、同じ顔が歩いてくる」と言い、前方から歩いてくるのが全部日本人であることに、とても驚いていたらしい。人種のるつぼニューヨークじゃあり得ないことだという。彼にはみんな同じ顔に見えたという。ダルビッシュ投手が同じメジャーリーガーから吊り目のポーズでからかわれて問題になった。軽いジョークだったのだろうし、ダルビッシュは気にしていないなどと発言したが、からかった当人は人種差別の軽はずみな行動だとして、来季何試合か出場停止になった。
 大昔の映画に「北京の55日」というのがあって、チャールトン・ヘストン主演のスペクタクル史劇というものだった。この手の中高生あたりに見た映画というものは懐かしく、いまや骨董品となったレーザーディスクで何枚も所有している。つい先日、その「北京の55日」を引っ張り出して久々に観たのだが、大掛かりな割にはつまらないというか、むかしはこれでも良かったのかと変な感心をするものに過ぎなかった。
 日本からは伊丹十三氏が出ているが、中国の皇太子役に適当な人材がいなかったらしく、なんと白人が演じているのだ。映画館で観た当時は違和感も少々だったが、改めて観ると「変なの」の一言に尽きる。それで皇太子役の俳優のメイクが笑えるのだ。それさえやれば東洋人になれるとでも思ったのか、とにかくひどい吊り目になっているのだ。どうやら西洋人の東洋の人たちに対するイメージは吊り目で決まりらしい。
 それで、今日。トランプ夫人と安倍夫人が並んで登場する映像が放映されていた。一瞬、安倍夫人が吊り目に見え、「ああ、ヤツ等はこんなイメージで日本人を見ているのか」と妙に納得した。




 実際、たいして吊り目でもなく、どちらかといえばトランプ夫人の方が目は吊り上がっているのだが、最初に見たイメージは違った。これは眼が細いことから来るイメージの問題なのかもしれない。トランプ夫人の場合は眼の周りが念入りに化粧されていて本来の眼の形など分からないわけだが、安倍夫人の衣装が人民服のようでさらに深く東洋人が強調されていた。

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