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げんごう



 さて、お上は4月に発表すると勿体ぶって言う。しかしだ、決まっているなら早く発表しろと言いたくなる。あれこれと予想をたてる向きもあるが、なにせ何ら根拠がないから、どちらかといえば鬱陶しい。平成になったとき、ある漫画家が「屁をしろ」と言っているみたいだと揶揄したのを読んで笑った。だいたい格好いい元号などないのだ。ま、何にしても国が決めることに逆らう理由などないわけだから早く言えってなものだ。ああ、焦れったい。

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駅伝


 呆気なく三が日が終わり、通常の毎日が始まった。猫にこき使われ、楽器を手にしては、ああ、まったく上達しないなあ、などと溜め息をついたりする日々だ。こどもの頃、なんだか嬉しいものだから正月の三が日だけはいつもの倍の時間あればいいのになどと思ったりした。今は晦日の前の28からの3日間の時間が好ましく思える。あの静かさがいい。

 昨日は箱根駅伝の中継を途中からゴールまで固唾を呑んで見た。やっぱり正月はこれに限るなあってなものだ。選手の誰もが総合優勝できたらと願っているのだろうけど、死力を尽くす下位のランナーたちにも共感を覚えるし、悔しそうな顔よりも笑顔が多いのが良い。優勝チームに限らず互いの健闘を称え合う様子に若さがはじける。



 青学は5連覇ならず、東海大が初優勝ってのもいい。95回行われていて優勝校は17チーム。強くなったチームが連覇して強豪校になるパターンが繰り返されている。しかし、毎年のように思うのだが、できることなら走りたかった。大学に行くことが必要だったわけだから仕方ないが、特に山道を走りたかった。上り坂でずんずん牛蒡抜きするって気持ち良さそうだってのがその理由だけど、相当無責任にそう思うのだ。

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年賀状


 郵便局で仕事をする息子によれば、年賀葉書の利用者が減っているという。今はメールとか何とかコミュニケーションの方法はいくらでもあるし、アナログの極みの葉書などお呼びではないということかも知れない。



 今では年賀葉書を出す相手も限られ、その内の半数以上が年賀葉書だけの付き合いで直接会う機会などない。無駄といえば無駄だが、その年に一度のやり取りで相手が元気なことがわかるってな寸法になっているから、もう止めようなどと考えることはない。他人同士の繋がりなどそのように細く捉えがたいもので成り立っているとも思えるわけだ。むかしの友人のアイツは今だって充分にアイツだから、それでいいような気もする。
 年賀葉書が恋文の役目を負う時代があった。中学生から高校生のころだ。積極的だったのは女学生で日頃から思いを寄せる男子生徒に年賀葉書を出した。今のようにバレンタインデーなどというアホな習慣がない時代だった。告白などするものではなかったが、新年の挨拶に思いを込めた。ちょうど人生一度だけのモテ期だった自分にも何枚か舞い込んだ。面はゆい思いをしつつ密かに喜びはした。それっきりのものであって、付き合いなどに発展するものでもない他愛なく甘酸っぱい記憶だけが残るものだった。父は思いきって出したものだろうから返信するべきだと言い、セッセと返信を書いた。高校時代の相手に卒業後30年を経て会ったとき、「返事なんか来るものだから、勘違いしちゃうでしょ」とたしなめられて大笑いした。今の時代のように明けっ広げではなく誰もがはにかむようにうつむいて生きる長閑な時代だった。

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新年

謹賀新年


 というわけで、あっという間に年が明け、昨日までが突然過去になった。テレビなどで幾度となく「平成最後の・・」と連呼するものだから、初めはたいして気にもしていなかったけど、歴史の教科書に平成30年と区切られることを想像すると「そうだよな」的に納得する。むかし明治生まれなどと聞くと過去も過去、大昔の人たちのように思っていたが、昭和生まれは同じような響きになるらしい。
 大晦日はボクシングのタイトルマッチを見たわけだが、残念なことに井岡は勝てなかった。決定打は打てなかったし、相手のディフェンスに苦戦していたからもしやと思ったが、判定負けで見ている方もがっくりと肩を落とした。合間に何度か紅白というものにチャンネルを合わせたが、どの歌手の場合も後にダンサーがいてお祭り騒ぎだったから、音楽番組ではないように見えた。近ごろは歌を聴かせるよりも賑やかしく彩ることの方が大事らしい。なんだか実体の無さがハロウィンの盛り上がりと似ていて笑えた。
 こちらとしては、厳しい状況の中ではあるが、今年もまた真摯に音楽と向き合おうと、殊勝にも決意したりして苦笑いをしている次第。どちら様にとってもいい年でありますように。

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2018年



 今年も終わる。だれにも等しく過ぎていった時間の中に、それぞれの思いが残るわけだ。自分にとってこの1年はどうだったかというと、ライブ活動の状況が年々細くなって来た感もあり、それは同世代のお客さんが歳を食って足を運ばなくなったというのもあることはある。自分の演奏に対する考えは昔と変わらないが、新しいファンを獲得出来なかったってのは大きな問題に違いない。集客能力の低下などから、1月のライブを以て吉祥寺の小屋からは離れることになった。こう吹いてああ吹いてなどと、演奏に対する向きあい方は何十年も同じだが、ようするに不器用過ぎて他のことに頭が回らないのが良くないわけだ。春先からはまた新しい場所での活動になる。創作意欲はまだまだあるし、なんとかなるさ的に考えている。
 むかしからの仲間が一人また一人と消えていくのもショックだった。昨年の暮には高校時代からの友人をなくしたし、今年は20代の記憶から消えた人もいた。この数年で実に多くの仲間が姿を消した。自分の力ではどうすることも出来ない、大きな時間のうねりの中にいることを実感する。新しい出会いがあればいいなと願うようになった。

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