☆☆☆

げんなりすること



 座間で異様な事件が起き、連日テレビで報道する。朝などすべてのチャンネルがその話題に多くの時間を割く。コメンテーターは何らかの意見を言わなきゃいけないのだろうけど、そんなもの常人には何も分かるわけもない。だいたい自殺志願者というのが分からないし、容疑者はすでに遠い彼方に飛んでいて狂っている。それで、その話題の報道は見たくもないからパスするのだが、あっ、またやっていると画面を見た時に想像してしまう。たしか3ヶ月ほどで9人を殺害、削いだ肉はゴミとして捨てたという。一般ゴミの収集日は週2回。3ヶ月で24回。少なく見積もっても一回毎に10キロ近く捨てたことになる。小分けにしたとしても10キロもの人肉が入ったゴミ袋が毎回捨てられていたというのは、なんとおぞましいことか。収集車の人たちは「ここの袋はやけに重いな」などと思わなかったのだろうかとか不謹慎なことを考えてしまうのだ。どのように恐ろしい犯罪だとしても、テレビで騒いでみせる人たち同様、所詮は他人事ってのがまた別の意味で怖いことなのだ。

拍手[0回]

単行本



 ここ2ヶ月の間に単行本が増え続け25冊になった。未読のものは3冊ほどしかない。のめり込むように読み続ける。何にでも入り込むのも性分には違いない。BOOKOFにはたまに出かけていたが、手を出すのはいつも決まって漫画だった。弘兼憲史の漫画はずいぶん買った。単行本のコーナーを覗くこともあったが、思ったより高価で手を出すには至らなかった。
 10年以上前には、毎月本を購うために財布の底をはたいたりしていた。かさばる30冊ほどの単行本を処分しようと近所の古本屋に持ち寄り、売ることにしたはいいが、眼の玉が思いきりへこむような買い取り価格に憮然とし、持帰ったものを近所にあった図書館に寄付することにした。ほとんどがまだ書店の店先に平積みになっているような新刊だったから喜んでもらえると思ってのことだった。最初もたいして喜んではくれなかったが、何度も続くうちに図書館側の反応がますます鈍いものになった。迷惑そうな面持ちにさえ見え始めた。ようするに本棚が一杯で並べる場所がないってなことだったらしい。迷惑がられたんじゃ仕方ないってんで持ち込みはやめ、以降は捨てることにした。
 そんな経緯もあって、買い取りの際には叩くくせに店頭に並ぶ時には案外な値段で売られていることに釈然とせず、単行本の古本には手を出さなかった。しかし、最近その単行本のコーナーの横に別の枠があることを発見した。どうやら刊行から5年以上経過したものが、さらに値引きされて並んでいることが分かった。だいたい一冊200円で売られている。これはウチの猫共が一缶10円の猫缶を発見したのと同等の喜びがあるのだ。嬉々として10冊ほどを買った。10冊で2000円だ。笑いが止まらないとはこのことだ。新刊1冊分で10冊だ。冗談に近いではないか。10年以上前の本がつまらない道理もなく、新鮮に限るのは野菜ぐらいのものだ。その10冊の中で重松清に先ずはまった。この人のものは以前にも読んだが、今回ほど面白いとは感じていなかった。それは主人公が大人のものだったせいもある。子供を主人公にして、子供目線で書いたものには鋭い説得力があった。次から次へと重松清を買い求め、彼の本だけで10冊になった。それが引き鉄になって読むことが楽しくなった。藤原伊織の本もずいぶん昔に面白く読んだが、このところ読んだ本もなかなかのものだった。浅田次郎の本は初期のものをほとんど買いそろえていたが、「ローレライ」あたりから買わなくなった。今回も何冊か入手したが、やはり「蒼穹の昴」のころが圧巻だったなーってなことを言いつつ、様々な作家の本を手当たり次第に読み進める。このような読書熱は小学生のころ以来だ。
 2月に1度は病院通いを強いられているが、ここでの待ち時間も気にならなくなった。さらに、このような勢いで読んでいると、最初の頃読んだものはほとんど覚えていないから、1年後にはまた新たに読めるような気もする。歳のせいではなく。

拍手[0回]

性分



 あれやこれやをリセットして少しは楽になり、演奏はともかくライブ活動も引退かと考えたりしていたわけだが、突然来年の1月にライブをやることになった。前回のライブでは稀に見る混乱があって、無理難題を押し付けた責任を重々感じつつ日が過ぎた。
 この歳になって思うことがある。実は何もできていなかったのではなかろうかってなことだ。そりゃあ、仕事は幾つもして適当に稼ぎ、生業として成立していたような気もするが、すべては偶然の賜物であるようにも思え、核の部分に疑念が湧いたりする。五嶋みどりのバッハを聴いていて、その到達している高みがあまりにも凄過ぎて絶句する。これだよな、ここに行きたいのではないかなどと思ってしまうわけだ。苦悶することが好きなわけでなく、いい加減に軽々しく生きていくことが望ましいのだけど、あんなものを聴いてしまうと血が騒ぐというか、そんな無茶なと制止する内なる声を撥ね除けて突き進みたくなってしまうのは、とてもバカな性分のせいらしい。
 ある楽曲を演奏するとして、即興でバッハのように自由自在に紡いでいければいいななどと夢想しているのは、とてもはた迷惑なことに違いない。それは勝手にやるとして、次のライブには若手も頼んだことだし、気楽に行けるものと蒼くなる楽曲の比率ってものを再考する必要があることに薄々気付いてはいるのだ。それで曲を作ることをセーブしようと考えたはいいが、そんな時に限って次から次からイメージが浮かんだりするのも、なんだかとても損な性分に思えて収まりが悪い。横浜でのライブは過去に数回しか経験がなく、相性が悪いのか、だいたい集客で苦労することになっている。なんだか来年もまた無茶をするらしい。

拍手[1回]

何もしていないのに・・・

 

 この本は2010年に刊行された貫井徳郎の「灰色の虹」という冤罪をテーマにした小説。無実の男が刑事、検事、弁護士、裁判官によって追い込まれていき、ついには有罪となってしまう過程が書かれている。決定的な証拠はないが、前日に被害者と諍いがあったことから容疑者としてマークされる。一人で夜釣りに出かけていてアリバイがなかったことも大きく作用してしまうわけだが、ここで強引に自白に追い込む刑事の取り調べの様子など読んでいて腹立たしくなるような展開。決定的なのは夜の犯行現場近くで犯人とすれ違ったとされる男の証言。ぶつかってきて詫びることなく立ち去った男が容疑者だと証言するに至ってすべては決まってしまう。容疑者が犯人だという前提での捜査だから事は早い。クリント・イーストウッドの映画「True Crime」も同じような題材だった。すべては情況証拠だが、不運というか、そのような展開があることは分からぬものでもない。
 しかし、矛盾点が指摘できる部分もあるわけで、袴田事件などは映画にもなって散々議論されたにも関わらず再審までの道は恐ろしく遠かった。有罪判決に至るまで上記、刑事、検事、裁判官が大きく関わるわけだが、被疑者にしてみれば弁護士も含めて全員がグルに見えるに違いない。
 この本を読んでいてウンザリしているとき、テレビで瀬戸内寂聴さんが1953年の徳島ラジオ商殺し事件の冤罪について語っているのを見た。これは事実は小説よりも奇なりを地で行く恐ろしい冤罪事件で間違いない。外部犯人説が一転、内部犯人に変わり、住み込み店員に無理やり虚偽の自白を迫った揚げ句、内縁の妻が逮捕されてしまう。夫が目の目で殺され、自分も負傷した女性が有罪になってしまったわけだ。後に店員2名は虚偽の自白だったと証言、真犯人と名乗る男が自首したにも関わらず、再審はかなわず、13年の刑に服することになった。判決は覆ることのないシステムが出来上がっているらしい。当時、刑事、検事、裁判官はもちろん、新聞などマスコミまでが彼女を真犯人だと決めつけて盛んに彼女のことを書き立てて鬼女呼ばわりしていたという。
 寂聴さんは彼女を支援していたが、無罪判決に至ったのは79年の死後5年が経った1985年だった。その富士茂子さんが残した言葉が「何もしていないのに・・・冤罪を犯したり。人間はどんなに不確実なものか、愚かなものか・・・。」だった。

拍手[0回]

魑魅魍魎


 衆院選の中心的存在のように言われてしまっている現都知事。希望の党の代表になったものだから、知事を辞して衆院選に出馬かと騒がれ、ちょっと持ち上げ過ぎではないかと思えるような報道が続く。この方のイメージ戦略はなかなか抜け目がない。都民ファーストの会にしても、2006年7月2日の都議選の前6月1日に代表に就任し、飛躍的な勝利を収めた選挙後の7月3日には代表を辞めて特別顧問となった。結局、都議選のイメージキャラクターとして反自民勢力の拡大に貢献した形になった。実際、この時の選挙で当選した都民ファーストの会の候補者の名を複数人挙げることのできる人は少ないのではないかと思われる。

 
 都知事選の勢いのまま、小池百合子に投じた票と言っても過言ではない。それだけこの方にかける期待が大きかったわけだが、都知事在任のまま国政政党の立ち上げに与し、代表に収まったというのは少し行き過ぎ感は否めない。都民ファーストの会の中でも、度々テレビなどに登場していた音喜多駿都議が離党届けを出すに至って少々キナ臭くなってきた。それが小池氏の指図かどうかは分からないが、テレビメディアへの露出とか発言に対する締めつけが厳しかったという。ようするに、姫のイメージを壊すことになるからおとなしくしていろ、ということらしい。元々は自民党の議員だったわけで、反安倍を掲げたとしても基本はけっして野党ではない。反自民というようにテレビなどでは持ち上げるわけだが、現自民のいくつかの勢力と合流する可能性だってないわけじゃない。野党的な立場だと踏んで、合流の形をとった民進党は勇み足のような気もしてくるわけだ。前原クンが涙目にならないことを祈るばかりだ。

拍手[0回]

カレンダー

01 2018/02 03
S M T W T F S
1
4 7 10
12 14 16
20 21 22 23 24
25 26 27 28

最新記事

(02/19)
(02/18)
(02/17)
(02/15)
(02/13)
(02/11)
(02/09)
(02/08)

拍手の設定は強要するものではありませんが、ヘーッと思ったら拍手、そんなアホなと思っても拍手ってな案配です。

アーカイブ

最新コメント