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ピアニシモ=極めて弱く



 ようやく駐車場の車の上の桜の樹も満開を迎えて、後は散るばかり。早く咲いた隣の樹は今を盛りと散り始め、車の上に花びらが降り注ぐ。真下の赤い車はこの通り。雨が降ると車に貼り付けたようになってなかなか落ちない。



 ここ数年の春の風物詩。



 朝のワイドショーでこのところ若者たちの親しんでいるスマホというものは、ゲームをするにしろ何にしろ平面的な感覚でしかなく、今の人たちは立体的に物を見るという感覚が弱くなっているのではないかという大学教授の話があった。教授の専門は数学で、なんとサイコロキャラメルを復活させるという。サイコロというものは数学の基本のようなものらしく、立体的に数を捉えるにはうってつけだという。それで教授の意見を取り入れたメーカーがサイコロキャラメルを復活させた。サイコロをより身近にすることで少しでも立体的な視点が得られればという話で、どれほど効果があるのかは分からないが、その平面的な視点という話は興味深かった。
 僕らがスタジオで録音するときにはヘッドホンが欠かせなかった。簡易的なイヤホンを好む向きもあったが、だいたいはヘッドホンを使っていた。昔の録音現場、例えば美空ひばりさんのレコーディングなどは生で演奏し、中央でひばりさんが歌ったという。どれほどの緊張感があったかは想像に難くない。もちろん僕らの場合も生で演奏はしていたのだけど、ヘッドホン越しに聴く音は平面的であることは間違いなく、相互の立体的なバランス感は失われていた。あまつさえ、それぞれのヘッドホンのコントロールをする機器には8チャンネルほどのフェーダーが用意されていて、1番にはドラム、2番にはピアノ、3番にはベース、4番にはホーンと事細かく調整が可能だった。それで、自分の音とクリックをやたら大きく返し、全体のバランスなど知ったことかというようなやり方をする人もいた。スタジオレコーディングは火事場のようなものだから、自分がミスをしないということに重きを置くようになるわけだ。結果、スタジオミュージシャンがライブなどの現場に行くと、そのバランス感の無さが露呈してしまうことが度々見かけられた。普段のレコーディングと同じような音場にしようとするのだ。前に転がったモニターから殊更強く自分の音を返してしまうようなことだ。ようするに立体的な音の捉え方とは無縁の平面爆音状況だ。それはソロをダビングする際も同じで、ヘッドホンから自分の音を大きめに返し、エコーやリバーブの助けを得て気分良く吹いたりするのだが、これが案外危うい展開で、ある日いつの間にか自分の生音が衰えていることに気付いて焦ったりする。それからしばらくはイヤホンを使い、出来るだけ小さな音でリズムセクションを聴き、自分の生音がはっきり聞こえるバランスで吹くことで何とか乗り切ったわけだが、あれは恐ろしい経験だった。
 その後、尾花さんの書きで神奈川フィルと共演したのだが、リハーサルの時に立体的な音というものを嫌になるほど経験することになった。実際、オーケストラのストリングスなどというものはエッと思うほど音が小さいのだ。オーケストラの50人以上がフルで音を出しても僕らがヘッドホンで聴いていたような音がするわけがなく、それは遠くから迫ってくるような深い音だった。しかしながら、その深みこそが立体的なバランスだったわけだ。リハーサル当日前に相当念を入れて音出しを調整していたが、あの調整がなければ悲惨なことになっていたに違いない。リハーサルの段階で考えていたのは、どれほど小さな音で説得力を持たせるかというようなことだった。分かっているつもりだったが、ピアニシモがどれほど重要かを改めて思い知った。ま、でかい音での演奏は誰にだって出来るわけだ。管楽器は真っ赤になって息を吹き込めばいいし、ドラムは力まかせにぶっ叩けば大丈夫ってなものだから。

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