☆☆☆

思ったより多かった曲ども


 大型台風接近中でテレビは物々しく状況を伝える毎度のパターンだが、強風の現場に赴いて倒れそうになりながら中継する毎与太も相変わらず。



 古い楽曲のデータの主だったところは揃ったようだが、見落としがあるかも知れないとファイルをさらに調べている。大石氏の言う100曲には届いていないようだが、少なくとも演奏可能なものは優に50曲を超えている。お蔵入りしたものを含めると70曲ぐらいがあるわけだ。録音用にエディットを始めたものが35曲。唸りながら気の遠くなるような作業が続く。電話で自主制作でもレコーディングするべきだと言われたときは、考えたこともなかったから虚を衝かれた案配できょとんとした。もごもごしながら「ま、あっ、その検討してみる」と応えたわけだが、作業を始めてみると奥が深い。言われなければむかしの楽曲のデータを引っ張り出すこともなかったに違いない。楽曲はライブで消費されて消えていくものという感覚でしかなかった。飽きれば次を作るってな調子だった。それが一転して、世に問うというほどのものではないにしても作品として残すことは案外悪くないと思い始めたのだ。ひと昔前は自主制作のレコードなど手売りが基本だったし、大手の販売ルートに乗らない限り泡沫に近かった。時代は変わった。今やAmazonなどが委託販売を引き受けるようになったし、iTunesも僅かな手数料で配信可能だ。
 などと取らぬ狸の何とやらで夢ばかり膨らんでしまうわけだが、その前に大変な作業を終わらせなきゃと、奮い立たせながらも現実に戻ることを行きつ戻りつしている。

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失せ物


 とんでもなく早い梅雨明けから長い夏が始まり、暑い暑いと言ってるうちに9月だ。秋が来る。



 このところ半日はヘッドホンをしているわけだが、ゼンハイザーの密閉形のヘッドホンは締めつけがしっかりし過ぎなのか、3時間を過ぎる辺りから必ず耳が痛くなる。僕らは仕事柄それなりに奮発して良いヘッドホンを買ったりするわけだが、ヘッドホンには苦い思い出がある。まだ20代のころ、無理をして値段の高いヘッドホンを買った。折り畳むと小さくなるし、旅先などに持っていくのも都合が良い。買った日は渋谷でライブがあった。大きなライブハウスだったが、あれがどこだったのかはすでに思い出せないし、もう無くなっているかも知れない。「おっ、いいの買ったなあ」などとメンバーに言われ得意満面だった。カセットデンスケに入れたテープを聴きながら開演を待った。ライブは無事終了して帰宅。家に辿り着きしばらくして「あっ、ヘッドホン」と気付いたのだ。ライブでテンションが上がっていて、買ったことすら忘れていた。楽屋に袋ごと忘れてきたらしい。次の日、早々にライブハウスに赴き忘れ物の届け出の有無を訊いた。出て来なかった。楽屋に出入りする人は多い。泣く泣く諦めるしかなかった。
 バンドの楽屋とか、リハーサルスタジオでの忘れ物が出てくることは滅多にない。だいたい誰かに持ち去られてしまうのだ。中野のリハーサルスタジオには個人練習で毎日のように通った時期がある。当時ウチのバンドを手伝ってくれていた女性ドラマーも常連だった。ある日、スタジオにメトロノームを忘れてきた。次の日、当然届けられていると思ってスタッフに聞くと「さあ?」などと言う。ドラマーの臼井さんにそれを話すと「いやあ、出て来ないっすよ」と事も無げに言われた。彼女の場合はドラムだからメトロノームは必需品。今まで何コ無くしたか分からないと言うのだ。忘れてきた時点であきらめるしかないという。ああそうかと納得したわけだが、選別したリードをベースアンプの上に忘れてきたときは、「大事そうに並べてあったから」という理由でカウンターに届けられていた。誰でも使えるものではないから出て来たらしく、苦笑いするしかなかったのだ。

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継続


 さて着々というか遅々としてというか、自作曲データの掘り起こし作業は続いている。PCのデスクトップには楽曲のファイルが並ぶ。デスクトップの写真が猫というところは猫バカの所以でもあってお笑いくださいってなものだ。現在未発表のものは14曲で、日々増え続けている。



 15年ほど前に出したアルバムでは10曲を録音した。その際に洩れたものも今回見直そうというのだから大変なのだ。作ったのは20年も前なのに、バンドで演奏する楽曲としては難しいということでお蔵入りしていたものも多い。プログラミングで土台を作るということであれば、それらも全て日の目を浴びる余地がある。いいぞ、いいぞ的に作業は進んでいる。バンドを始めたときから現在まで、曲を作るということは常に懸案事項であり、それが自分を前に進める源だったように思う。それで、録音して発表する当てなどなくとも作り続けた。1、2度の演奏でやらなくなった曲もかなりの数に上る。曲が気に入らないのではなく、次に作るものに興味が向いていたのだ。曲を作った時点で自分の中では終わっていたとも言える。演奏で掘り下げることをせずに次に移っていくというのもせっかちな話だが、20年間ほとんどそうだった。20年間分だ。次から次に出てくる曲の数々、すっかり忘れていた7拍子のもの、編成が大きくなってしまっているもの、それらを見直す作業は大変だが、ま、・・楽しい。薬物中毒で更生施設に入り、出所後には演奏される当てがないのに曲を作り続けたタッド・ダメロンのことを、比べるの大それたことだとは分かっていても考えたりする。20年間以上作り続けてきたわけだが、その都度は日常的な作業だった。しかし、多くの楽曲のデータを目の前にして、継続は力ということは本当だなとつくづく実感している。

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マウスピース下さい


 昨日は新大久保にある楽器屋でマウスピース調達。



 何本か出してもらい試奏する。試奏するったってガンガン響く狭い部屋で判断できることなど少ない。そりゃあ一時間も吹いていれば違いも分かるかも知れないが、だいたい感だけが頼りで即決する。サブトーンとフラジオ(音域外の高音)さえ何とかなりそうであればそれを買う。



 長い間、オットーリンクというマウスピースを使っている。これは真鍮製で、問題はすり減ること。ある日、息の入り方が狭くなったなあと感じると替え時なのだ。そのまま使っているとキーッというヒストーンが出てしまう。円がまだ一ドル360円だったころ、このマウスピースはとんでもなく高価なものだった。7万円ほどしたのだが今は2万円台で買える。このマウスピースの中古品が高値で売られていたりするのが信じられない。すり減ったものに値段などあるわけがないのに。



 実際、このような狭い部屋で吹いたって微妙な差は歴然とするものではない。使っているうちに鳴るようになるものなのだ。などと言うと、反発するサックス吹きもいるわけで、あるサックス奏者に「だってさ、コンビニにジュース買いに行くような言い方でマウスピース買ってこようって言うんだもんな」と指摘されたことがある。そういう人は試奏に1時間も2時間もかけるに違いない。楽器の細部に対するこだわりはほとんどないと言ってもいい。セルマーのサックスであればどれでも良いといった具合にだ。人によってはネックだけゴールドプレートのものを別途買ったりする。その違いを感じているとしたら、こちらは大雑把な耳で対処していることになる。だいたい本人が言うほどの違いがあるとは思えなかったのだが。マウスピースもよほどの不良品でない限りどれだって同じようなものに思える。ようするにコントロールする側に問題があるような気もする。誰が吹いたって同じ音がするマウスピースなどないわけで、自分なりのコントロールのポイントが見えれば、いつもの自分の音に必ずなる。私見だが、ピアニシモが決まるマウスピースが望ましい。
 さっさと調達を済ませて、帰りに新宿に寄った。



 むかしは新宿駅南口など閑散としたものだったが、近ごろは髙島屋やルミネ、バスセンターなどが次々に出来たせいか、やたら人が多い。この暑さだし、真っ直ぐ歩くのだって大変な雑踏を突っ切ったりしたお陰ですっかり疲れてしまい、帰宅してからダウンした。

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CDと共に


 CDは年々増え続け、1000枚収納の棚に収まりきれずあちこちに散乱する事態になって久しい。手前の簡易ラックはロック系やプリンスなどが並んでいる。棚板が歪んでしまった楽譜のラックの向こうに1000枚の棚がある。



 元々は本棚として買ったものの、本は奥に押しやられ、やはりここにもCDが積み上げられている。ここはクラシック系が並んでいて、一応シンフォニー、管弦楽作品、コンチェルト、室内楽と区分けはされているのだ。オーケストラスコアもこの棚に収められている。



 アンプの下の隙間だって見逃しはしないのだ。



 アナログ盤の時代から繰り返したきた習慣のようなもので、新しいレコードを入手することはとても大切なことだった。上京してお世話になった先輩の西川さんは「金で買えるものは惜しまずに買え。レコードだって何だってそうだ。お金で買えないものがあると分かったとき、そこが出発点になるんだ。」というようなことを最初に仰った。根が単純だから、そうかと合点して次々にレコードを買い求めた。なにせ先輩の言葉だからとの大義名分もあった。金のないときは欲しいレコードがあると、持っていたレコードを質に入れてでも新しいものを買った。高田馬場の「鈴屋」はレコードも質草として認めていたのだ。
 20代の初めはよくレコードを聴いた。プレイヤーとアンプは山水のものを手に入れたが、スピーカーまでは手が回らなかった。そこで日立の16センチのスピーカーを買ってきて、段ボール箱で作ったエンクロージャーに入れた。内側から木ねじで留めるのだけど正面からはねじの切っ先が飛び出ていた。しかし、これはいい音がした、これで聴いたビル・エヴァンスのモントルーライブは絶品だった。毎日のようにターンテーブルに載せ、ほとんどのソロを覚えてしまうほど聴いた。30枚ほどのレコードを繰り返し繰り返し聴いた。ソニー・クリスの「アップ、アップ、&ウェイ」などは今聴くと当時の部屋の記憶がよみがえる。CDの時代になって、当時よく聴いたものをCDで買い直したが、結局あまり聴かなかった。ようするに飽きるほど聴いたものだったから聴く必要がなかったのだ。そんな買い直しも含めてCDは増え続けた。CDを買うことは自分の意欲を奮い立たせるような意味もあった。新しい録音物から聞こえるものに刺激を受け、自分の演奏を力付けしてしていたような気もする。仕事が忙しくなってきて聴く暇がないときでも月に10枚以上のペースで増えていった。聴き方は雑になった。一回聴いてそのままになるものも多かったし、通して聴かなかったものも多い。
 仕事はいい意味でも悪い意味でもストレスだ。ソロのオーダーで呼ばれてコード譜だけを見てソロを吹く。良いラインが浮かべば問題はなかったが、そうじゃないことも多かった。いつも何かを探し求めているような毎日を送っていた。当然のことながら心に余裕はケシ粒ほどしか見当たらなかった。新しいCDをプレイヤーに入れても出てくるのは他人のやったことでしかなかった。物真似をしてもしょうがない。サックスを片手に彷徨うような生活が10年近く続いた。本格的に曲を作ってライブをやろうと考えたのが90年代に入ってからだ。初めのころのライブで必ずやっていた曲はタイトル未定で「92」と仮のタイトルが書かれていた。これは92年ということだった。それを作ってから今年で26年になるわけだ。ライブは98年からだから、20年を迎える。最近は滅多に録音の仕事もなく平穏無事で、ストレスから少しは解放されたことを意味する。
  さてCDだ。昨日、何曲かはお気に入りがあって聴いていたが全曲通すこともなかったヤン・ガルバレクの「RITES」2枚組を聴いた。自分の曲の制作の参考にと思って久々に聴き始めた。以前とは違う聞こえ方がした。曲が進行するにつれ、心に染み入るように思われた。このアルバムでガルバレクは自分のプログラミングしたトラックにサックスをダビングしたもの、マリリン・マズールとエバーハルト・ウェーバーが参加したもの、プログラミングにキーボードを足したもの、唄とオケだけのもの、少年の合唱隊とのもの、様々な編成で録音している。



 そこで聞こえてくるものに感動したってわけだ。色んなタイプの音楽が並んでいることも近しく感じるのだ。そこから聞こえてくるのはガルバレクの「なあ、そうだろう」という言葉のようなものだ。他のものを聴いても言葉が聞こえるような気がするし、音楽の聞こえ方が以前と変わってきたらしい。若いころのような気が戻ってきたのか、しみじみと音楽を聴ける。それにしても、70近くになって初めて、音楽をすること、音楽で生きることが楽しいと思えるようになってきた。幸か不幸かは分からないけど。

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