☆☆☆

忘れないこと


 たかじんさんの本を読んだせいか、ひと足早く物故した仲間のことをひっきりなしに思い出す。死を扱った本は読むべきじゃない。



 10年も前に突然の電話で知らされたのがギターの塩次さんの死だった。ブルースギターの名手だった彼とは一時頻繁に交流があった。一度は富士山の見える場所に住みたいとか言い、大月の近くに住んでいたことがあった。何度か足を運んだ。部屋の中にはでっかいタンノイのスピーカーが鎮座していた。寸胴の郵便ポストが2つ並んでいるようなものだ。普通の部屋ではフルで鳴らすのもためらわれるような代物だった。「フチヤン、これ、いらへん?」といきなり言う。「えっ、こんな大きいものを、売りたいの?」「いや、ちゃうねん。持っていってくれればありがたいかな思うてな。邪魔やねん」
 当時、自宅で使っていたスペースは8畳ほどだったし、これを置くには狭過ぎる。以前、トランペットの我孫子さんの住んでいたところはウナギの寝床のような細長い部屋だったのだが、彼の家にもこれがあった。圧迫されるような大きさのこれを、小さい音で鳴らしたのでは値打ちが出ないと言い、かなりのボリュームで鳴らしたのだけど、アパート中に響き渡る音に近所迷惑だよなとこちらが心配するのをよそに、「なあに、いいんだよ。そんなものなんだから」と平然と言い放った彼にドギマギしてしまったことがあった。それを思い出して即座に「いやいや、とんでもない。だいたいセダンなどには乗っけられないし、トラック借りなきゃなんないし」と慌てて断った。
 娘さんから来た賀状の返事が訃報だった、むかし散々お世話になったバンマスの寶先さんとは夜店のレギュラーの他にも仕事をした。ある日呼ばれたのは旅館の狭い宴会場だった。6人編成のバンドが畳の間に並んだ。足元はフワフワするし落ち着かないことこの上なく、しかし寶先さんの売りでもあったヴァイブも不安定なまま畳の上に置かれていた。あの気まずい何曲かは忘れられない。
 ギターの松原氏はマツダのファミリアに乗っていた。大阪から同乗して東京を目指すことになり、奥さんとメンバー2人を伴って走り出した。当時の彼は猫を飼っていて、猫も一緒だった。この猫が興奮したのか我慢できなかったのか、いきなりおしっこを漏らしてしまったのだ。狭い車の中で嗅ぐねこのおしっこの臭いこと臭いこと。あまりの臭いに芳香剤のようなものをかけてしまったから、なお一層きつくなるばかり。6、7時間は拷問のようだった。
 ハーモニカの妹尾さんはパソコンの師匠のようだった。マッキントッシュのクラシック2を思い切って買ったのは30年も前のことだ。パソコン本体も小さいくせに20万ほどしたし、それにシーケンサーを走らせるためのソフトや周辺機器でかなりの物入りだった。妹尾さんは噂を聞きつけるや否やすぐやって来た。指導を受けた。しかし、彼は当時自分の子供にも教えていたらしく、教え方が子供の相手のような物言いになった。「あっ、それでね、この手ってマークをね、合わせるんだよ」などと言う。手ってマークって・・・。本人は気付いていないようだったから、笑いを必死でこらえて指導を受けた。
 久し振りに会ったギターの松木さんはライブハウスでのステージに上がる前に白い錠剤を差し出し、「おまえ、これ飲め。落ち着くから」と言う。何の疑いもなくサッサと飲んでステージに上がってから「あれっ、これはなんだ」と気付いた。フラフラするというか、立っているのもやっと。楽器など吹けるのかと不安になる状態だった。「あ、変なもの飲ませたな」と分かっても後の祭り。最初の音出しは息も絶え絶えでかなりヤバかった。それが証拠に客席にいた顔見知りのミュージシャンが表情を顰めるのが見えたのだ。しかし2曲目になると突然元気になって止まらなくなった。それからは会う度に「こいつはこないだオレのステージを目茶苦茶にしやがって」などと周りの人に言う。自分が唆したと言うか、陥れたくせに、などとは思っていても言ってはならなかった。あの錠剤は違法な薬物だったに違いないのだ。
 どうしてかは分からないが、どの人たちも、ステージ上の音楽のことなどは大して覚えていなくて、素顔の部分だけがやけに思い出される。もちろん誰もが音楽的に達人で多くの録音を残され、彼らの音は多くの人たちの記憶に残るなどと言うけれど、自分にとって彼らの音はすでに別物であって、彼らの日常の息遣いが聞こえそうな所作の数々が、まさに記憶に残っているのを実感するのだ。

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汗ばむヘッドホン


 今のバンドを始めたのが1998年10月だから今年でちょうど20年を迎えたことになる。ピアノの大石氏が参加したのが翌年のライブから。彼は当初のものから全て譜面を持っているという。こないだオリジナル曲だけでも100曲ぐらいあると言うので、演奏している楽曲は40曲はいいところではないかってんで「そんな大袈裟な」と思っていた。しかし、先ごろの彼の薦めで、録音に至らなかった古い楽曲のデータを掘り起こす作業を開始したら久々に聴くものが多い。



 それで驚いたのは忘れている曲がかなりあったことだ。出来がよくなかったというのもあるが、根がせっかちだから、1曲を深く掘り下げることもなく次から次へと新しいもの、ほとんど強迫観念に入り込んだごとく作り続けてきた結果だ。曲を作り始めたのはキース・ジャレットの言葉が深く響いたこともある。彼らから見ると、日本人はジャズというものの捉え方で自らのアイデンティティというものを見つけられないでいるように思えるという。いわゆるアメリカのジャズを追っかけている所から抜け出せないようにだ。もちろん日本的なものを作ればいいという問題ではない。むかし山本邦山という尺八の演奏家をソリストにして、ピアノの菊地雅章さんがゲイリー・ピーコックと組んで「銀界」という素晴らしいアルバムを発表したのだけど、あれも一つの方向性だったとは言え、それを参考に考えるには僕らは幼過ぎた。武満徹さんも「ノヴェンバー・ステップス」などで日本的とはどういうことかを示そうとなさった。しかしながら、僕らはビートルズやベンチャーズを聴いて育ったわけで、必ずしも歌舞伎の世界とかが身近なわけじゃなかった。だけど、それと並んで子供のころは夏になると「盆踊り」などで日本の民謡などを嫌と言うほど聴いてきた。日本的なものとかが手に入るかどうかは分からないけど、とにかくオリジナル曲を作ることが先決だと、単純に考えたのだ。作曲のプロではないし、自分の感性に従って作っていればそのうち何かが見えてくるに違いないという大雑把な始め方だった。作り始めた頃に最も影響を受けたのがプリンスだった。一時は彼のシンプルなメロディラインとサウンドが教科書のようだった。その頃のものは一曲を除き実際に演奏する機会は訪れなかった。ま、そこから20年だから100曲あってもおかしくはない。そんなこんなでデータを確認するうちに、気に入って演奏していたのにいつの間にかメニューから消えた曲を再演するべきだと思うようになった。けっこう杜撰なやり方していたなと反省も込めてだ。
 今日は半日楽曲データと格闘していたが、この時期はヘッドホンをするのが鬱陶しい。以前、山下さんが楽曲の制作で一日中ヘッドホンをしていたらヘッドホンの形に頭が薄くなってきて、などというトークがあったが、分かるような気が・・・。

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余韻


 昼過ぎ、住宅地を通り抜けていて、久々に蝉しぐれというものを聞いた。近ごろは蝉の声を聞くことが少なくなったようにも思えていたが、どっこい、いるところにはちゃんといてワーワーと喧しく叫んでいたってわけだ。下を通るときに大きなくしゃみをしても誰も気付かないだろうというレベルだった。



 昨日、大路くんの件で何人かのプレイヤーと電話でやり取りした。誰もが「えー、知らなかったんですかー」と驚きの声を上げた。そりゃあ2年にもなろうとしているわけだから無理もない。夜遅くリコールが来たのが本田雅人君だった。大路くんのことから始まり、音楽のことサックスのこと、近年では珍しく2時間近くの長電話になってしまった。彼も50代半ばに差し掛かったという。お互い様々なサック奏者を聴いていることは確かで、その受け取り方は同じではないにしても、どのように聴いているかということは興味深いものなのだ。わが意を得たり的展開になれば俄然話は盛り上がる。彼の記憶によれば、このような話をするのは10年ぶりらしい。「渕野さん、変わらないですね、10年前といっしょですよ」などと言われ、成長がないのかと不安になったりもした。情報が入らなかったことについて、彼に言わせれば「色んなところに顔を出して友達を増やさなきゃ」ってなことにもなるらしい。そうかも知れない。なにせ人の多いバンドでの演奏は避ける傾向があるからしょうがない。ついでに、セッションの機会を作りたいという話になってちょっと引いてしまったのだが、ま、なるようになる。かなりディープな話も出来たのは、ひとえに大路くんのお陰かも知れないという話になって電話を切った。

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失われる音


 台風一過、息を吹き返したように夏が躍り出る。これでもかと言うように夏の雲が空を席巻する。



 2007年4月30日、NHKのスタジオにいた。どんな音楽を演奏したのかは覚えていないが、大きな編成での録画だった。



 2009年1月6日は確かキングレコードのスタジオだったと思う。ひげ面の好漢はメインをバリトンサックス奏者として活躍した宮本大路氏。見た目は無理を承知で言えば同世代とも思えるが、8才ほど年下で、目上に向かっては敬語で話すきっちりした人だった。



 過去形になっているのには訳がある。一昨日あるライブハウスのスケジュールに宮本大路トリビュートバンドとの表記があった。トリビュートって何?と気付き調べると、彼は2年前の10月に亡くなっていたのだ。ショックだった。スタジオでの仕事が多いころには、サックスセクションのオーダーがあれば必ず電話をする一人だったし、数多くのCMなどの仕事をした。結局は録音スタジオでの付き合いがすべてで、例えばライブ活動などでの接点はなかった。
 個人的にはビッグバンドというものが嫌いで、その界隈に足を踏み入れることはない。コンボ屋だと謂うものでもないが、若いころの数少ないビッグバンドでの経験からそうなっていった。編成の多いバンドには派閥というか、ヒエラルキーが必ず形を成す。それは演奏の優劣などで決まってしまうから仕方ないことなのだが、その空気が鬱陶しくて遠ざかるようになった。
 第一、ソロの出番は限られ、他人のソロの間はなんとなく時間をやり過ごす体になる。ま、ビッグバンドのサウンドが嫌いなわけではない。それはそれで自分で編成して出来るものならやってみたい気はある。
 大路くんは自分のグループも率いていたが、多くのビッグバンドで活動していた。そこらで会う機会は減っていった。気付けば、自分はみんなと歩調の合わない場所で生きていたわけだ。上の写真を撮った後に会ったかどうかも定かではない。しかし、5年ほど前に突然電話が入ったことがあった。何かの仕事の控室からの電話だった。特に用事はないのだけど、どうしていらっしゃるかと思って、声が聞きたかったんですよなどという。あれが最後の会話になってしまった。
 過酷な闘病生活だったと聞いた。還暦前に逝ってしまうのは悔しかったに違いない。また切磋琢磨の末に磨かれた一つの音が失われた。

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新たな挑戦


 ライブの翌日、ピアノの大石氏からほとんど緊急の連絡。彼はここ数年レコードレーベルからではなく、自宅で制作した音源をCD化して20枚近く発表しているのだが、その制作に関わるスタジオが生楽器の録音も可能になったという。それで、今までライブで頻繁にやっていたが録音に至らなかった曲などを発表するべきだという。録音スタジオを借りるととんでもない金がかかるし。ましてやプレイヤーを呼べば製作費がかさむばかり。
 曲作りはイメージがまとまったらコンピューターのシーケンスソフトでシミュレートして形を整えるという方法で20年近くやって来た。それをメンバーに聴かせてイメージを喚起すれば話が早いのだ。そうやって作るから、サウンドの音の重ねもベースラインも割合細かく書かれた譜面が出来上がる。ピアニストには任せる形にしてはいるが、大石氏はだいたいその通りに弾く。ま、信頼してくれているわけだ。バンドでオリジナル楽曲を演奏する場合、細かい部分を演奏者にまかせてしまう方法もある。しかし、経験上、この方法だと予定していたイメージの20パーセントか、下手をすると10パーセント程度の成果しか得られないことが多い。それはプレイヤーの責任だと一概に言えるものでもない。聴いたこともない曲をいきなり出されて、サウンド構成からベースラインまでお任せする方に少々無理がある。それで出来得る限りの具体的なイメージを伝えることが重要になる。具体的なベーシックサウンドを提示すると、プレイヤーはそれぞれに自分のアイデアを付け加えてくれるから、結果はうまくいけば200パーセントになるわけだ。大石氏の提言では、あのデモテープのシーケンスデータで充分成立するというのだ。あれにサックスを入れて、バックのキーボードをオレが弾けばパーフェクトだと笑う。



 予期しない申し出に戸惑いはあったが、チャレンジする気にはなってきた。最初のアルバムを作った際に洩れた曲は多い。今でもたまにやる早いファンクの「moh moh」とか、初期のライブでは必ず1曲目にやっていた「92」、録音したがあまりうまく行かず没になった「Dr John」、気に入っていたがいつの間にか演奏しなくなった大晦日にほとんど徹夜で拵えた「Last Night」などなど。「92」は今は亡きセシル・モンローが「これはチャイルドだ、子供の歌だ」と言ったから「チャイルド」にしようかってな感じで、それだったらテーマ部分に子供の声が入ればいいなとか、イメージばかり膨らんでいく。すっかりその気になっているわけだ、これが。それで古いシーケンスデータを開いてみた。



 うーん、これは難事業になるなという予感はあって、少々気は重いが1曲ずつやっつけていくしかないと腹を括ることになった。とりあえず録音していない曲が20曲は下らないから新曲を作るほどのプレッシャーはないが、緻密に再構成して行く作業はかなりの集中力が必要だ。気長に1年ほどかけて録っていくことにしよう、ってな感じだ。

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