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世界は興味があるものだけで成り立っている


 マイルスの晩年の作品のいくつか、ウェイン・ショーターのアルバム、むかし思っていたほどの神通力が失われているように感じたのは最近のことだ。その時代には輝きを放っていたアルバムも時を経てその役目が終わったのか、散漫な印象さえ受けるようになった。もちろん時を経ても何ら変わらず愛聴するものもあるが、聞き飽きてしまった側面はあるにせよ色褪せたように聴こえるものがあるのだ。それで新しい刺激を求める気分になった。
 ブランフォード・マルサリスの新譜は歌手クルト・エリングを迎えてのアルバムだ。これにすっかり魅せられた。クルト・エリングは当代切っての歌い手で評価も高いわけだが、その実力に感嘆することしきり。お気に入りはフレッド・ハーシュの小曲だが、聴く度にグッと来る。




 一つ前のアルバムは教会でのソロコンサートで、これはブランフォードらしいというか、何でもやりたい彼の特色が現れている。C・P・E・Bachの作品、スターダスト、4つの即興演奏などの中で、圧倒的なのは日本人作曲家の無伴奏ソロ曲「舞」で、彼がとんでもないところに到達しているのが分かってゾッとする。






 コルトレーンのラシッド・アリとのデュオアルバムは、亡くなって10年ほど経って発表されたアルバムだが、未聴だった。ラシッド・アリというドラマーに好感を持っていなかったせいだが、聴いて反省した。繊細で自由なドラミングに参った。トレーンとドラムのデュオはエルヴィンとの「Visil」という曲があったが、ここではよりフリーフォームで6曲が収められている(LPは4曲)。コルトレーンが感じていたことを知りたいと切望するようになった。



 J・D・アレンの新作「Love Stone」はバラードアルバムだ。ギターのリバティ・エルマンの紡ぐ繊細なハーモニーに乗っかって見事なバラードが演奏されている。その揺蕩う太い音色が圧巻で、叫ぶだけがサックスのやり方ではないことを思い出させてくれた。これはフレージングを聴くというものではなく、その音色にどっぷり浸かるというありがたい音楽なのだ。


 ウォルター・スミス「TWIO」はコードレス・トリオでゲストに数曲ジョシュア・レッドマンが参加している。主流派的な展開だが、4曲目のドラムとのデュオ「We'll be together again」がお気に入りだ。エリック・ハーランドのドラムはいいなあってな感じだ。レッドマンはいなくてもよかったかもしれない。



 マーク・ターナーの新作はピアノのイーサン・イヴァーソンとのデュオ作品。今の世代のサックス奏者の多くが支持するマークの相変わらずのきめ細やかなラインがありがたい。最初は呆気ないほどあっさりと聴こえたが、聴けば聴くほど深いなあってな案配だ。はっきりしているのは5人が5人とも独自の音色を持っていることだが、その歌い回しはもちろんのこと、どれだけ細心に音色を創り上げて来たのかと感心することしきりなのだ。
 聴くにせよ、演奏するにせよ、曲作りするにせよ、残された時間は思いきり少ないと言っていい。時間が足りないように思うのはいつものことだが、少しでも彼らのやったことを分かりたいと考えているわけだ。角田光代さんの「太陽と毒ぐも」という短編集の中に「だれにとっても、世界は興味があるものだけで成り立っている」という一節があった。サックス奏者の名は知っていてもサッカー選手の名などほとんど知らないし、バレーボールなどに至っては謎でしかない。そんなものだ。上に挙げたようなサックス奏者の名は多くの人にとっては謎に違いない。ましてや彼らがやっていることを理解しようとするのも、ほとんどがサックス吹きだろう。一般的な認知度の低い、ただでさえ狭い世界でこつこつと切磋琢磨している人たちの集まりがあって、その世界の片隅で生きているわけだが、その場所が案外好きなのは確かなのだ。

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