☆☆☆

青空


 たびたび出てくるこどもの頃の話だ。小学4年生か5年生か、そのあたりだったと思う。放課後の校庭にはたまたま誰もいなかった。風もなく穏やかな日だった。運動場の真ん中でふと空を見上げると雲ひとつなく晴れ渡っている。当時はたいして高い建物があるわけもなく、空はやたら広かった。その広い空を見上げていると、地球そのものを感じることさえできた。



 そこで突然こう思ったのだ。「あと100年後、今この世にいる人はほとんどいない」。誰しもが何らかの形で考えてしまうことかも知れないが、それを思ったときの禍々しさを覚えている。この世の摂理を体感してしまったような気分になった。もちろん10才やそこらで怖れなどを抱いたわけではなく、それは漠然とした快感に近い発見のようなものだった。この世の成り立ちを知ってしまったわけだ。あれから半世紀は優に過ぎた。人の一生は川のようなものに違いなく、滔々とした流れはやがて滝になる。自分がいる場所は、たぶん滝が近いのだろうということはよく分かるってな案配なのだ。

拍手[0回]

3000曲



 こないだトランペットのロイ・ハーグローブが若くして亡くなったと聞いたばかりだが、今日は前田憲男さんが亡くなったと知らされた。ジャズ・ピアニスト、作編曲家と紹介されてはいるが、個人的には編曲家としての素晴らしさが強く印象に残っている。若いころ、品川のパシフィックホテルのバンドで演奏していたとき、たびたびドラマーの猪俣猛さんの奥様の歌手テリー水島さんがショーに出られた。譜面の中の曲のいくつかは前田さんのアレンジで、サウンドも新しいし演奏するのが本当に楽しかった。前田さんのアレンジ譜には専属の写譜屋さんがいて、その読みやすい譜とサウンドが他のものと比べるとグレードが違うなと感じていたものだ。スタジオミュージシャンとして活動するようになって、数少ないがご一緒する機会もあった。「ミュージックフェアー」とか「題名のない音楽会」とかいったテレビ収録が主だった。しかしながら実際にお会いするのは緊張もしたし、放つオーラが苦手な方でもあった。もちろんサウンドはいつもゴージャスでワクワクした。遠巻きにしつつ感心していたわけだ。
 直に指導を受けたわけではないが、人伝てに聞いた前田さんの言葉に大きく影響を受けたことがあった。それはアレンジャーになるためにはどうすればいいかというような質問に対しての返答だった。「3000曲コピー」と仰ったそうだ。根が単純なこちらとしては「ああ、そーかー」ってなものだった。聞いた次の日から実行に移した。コピーといってもメロディだけを採譜するわけではなく、サウンドの一部始終、ベースラインからドラムまですべて聞こえるものを書き留めるのだ。時間さえあれば朝から深夜までヘッドホンをして五線譜を埋めていった。取り憑かれたように続けた。曲はカントリー、オールディーズ、映画音楽、ロック、もうジャンルには一切構わず聞こえてくるものは拒まずといった体で続けた。半年ほど経って曲が200曲ほどに達したところで一段落させることにしたが、それはそれは勉強になった。普段漠然と聴いていたものが、細部を採譜して理解が深まると聞こえ方が違うようにも思えたのだ。それは自分で曲作りをするときに大いに役立つことにもなった。前田さんはアレンジをしていて分からない部分が出てくると奥様をレコード屋に走らせ、レコード試聴を電話口で聴かせてもらって疑問点を解決したというような逸話が残っている方だったから、曖昧な部分を許さない厳しさを貫かれたと思う。

拍手[1回]

フォトグラフィ


 今となってはまったく関係もなく気にすることもないわけだが、「七五三」の家族連れを見た。昔からの風習だが、そもそも何のお祝いかすらも忘れた。神社の側を通って知ったのだけど、ちょうど7才と思しき女の子が写真を撮られているところだった。傍らにはちょっとダンディなお爺さんが並ぶ。孫のお祝いに付き合っている光景だ。それで女の子がピースサインをしてパシャッと撮られたわけだ。しかし、ほのぼのとした光景ではあるが、見るんじゃなかった的な気持ちが一瞬よぎったのだ。出来上がった写真はアルバムに収められたりするのだろうが、この子が生きている限り、二十歳になろうと還暦になろうと「これは七五三のときで・・・」などという会話が交わされるわけだ。老い先長くないぞと感じている自分と、この先長く生きていく女の子のタイムラグに嫉妬したわけでもあるまいが、たぶんその時間差に苛立ったのではないかと思われる。そのように、無関係な現場に立ち会う気もなかったのに、一瞬、その時がゴーッと音を立てて流れたような気がしたのだ。



 近ごろは何かというと皆がスマホを振りかざす。実際の現場を見ることはなく、ファインダーを通して目撃者になる。有名人といわれる方々は頻繁にスマホの餌食になって不快な思いもしているに違いない。ウチには父と母の若い頃の写真も数葉残っている。見るとへエーッというような感想はあるにしても、すでに過ぎ去ったものであってとりわけ感慨があるというものでもない。潜水服を着た祖父と思しき人の写真もあるが、これなどは謎に近い。写真は今を生きている人たちのまったくパーソナルなもので、他人が入り込める余地はほとんどない。外国映画の中で家中に家族の写真を飾っているシーン見ることがあるが、あれはなかなかいい風習だと思う。写真はアルバムに収めて隠すものではなく、今生きていることを実感するためにあるように思う。自らのアイデンティティを確認するものであると考えれば、自分が何者であるのかを何時も感じていた方が少しは潤いも増そうってなものなのだ。

拍手[0回]

忠義


 久々に見た「ハチ公バス」、渋谷区役所行き。環七から水道道路に入り山手通りを目指す。未だに忠犬として広く知られているわけだが、1935年(昭和10年)に世を去って後80年あまり、このようにバスにまで名が付けられているというのは凄いことに違いない。実際、駅に迎えに来ている姿は度々見かけられて知られてはいたが、虐待を受けたりすることもあったらしい。見かねた人の新聞への投書により、「いとしや老犬物語」として掲載され人々に広く知られていくようになったらしい。銅像は存命中(昭和9年)に設置され、除幕式にハチも参列している。



 大学教授の飼い主はハチを飼い始めて一年後に亡くなっている。僅か一年の同居だったわけだが、ハチはその死を受け入れることができなかったらしい。主人の死後3日間ほどは食事を取らなかったというから、ショックを受けていたことは確かなようだ。4日後の主人の通夜の日も、飼われていた他の2頭と共に渋谷駅に主人を迎えに行っていたという。忠犬の忠犬たる謂れだし、当時の人たちの感動を誘ったことは想像に難くない。
 大したものだと言いつつ、さてウチの猫だ。忠猫という言葉は聴かないから、飼い主に忠義を尽くす猫というものはいないとされている。懐きはするが仕えはしないのだ、猫ってものは。留守の時間が長くなると、ドアを開けたら飛び出て来てはしゃいだりはするけど、あれがまったく別の喜びであることは知っている。彼らは「ああ、ごはんが帰ってきた」と喜んでいるのだ。父ちゃんが帰ってきた、嬉しい、ではないのだ。あくまでも「ごはん」が帰ってきたのだ。そんなことは分かっていると言いつつセッセセッセと缶詰めを開けたり、水を換えたり、トイレの砂を捨てたりする飼い主というものは、結局のところ猫に仕える者であって、これは「忠犬」ならぬ「忠人」と言っていいのだ。銅像なんか建たないけど。

拍手[0回]

変貌


 久しぶりに見る大久保通りと明治通りの交差点は、いやにスッキリしていて昔の面影は消えた。道路は広くなったし、舗装そのものもグレードアップしたのかと思えるほどだ。



 通りそのものは相変わらず韓流が主流らしいが、以前のようにおばさんたちが群を成すというものではなく若者が目立つように変わった。



 ヨン様の時代ではないわけだ。今は韓流のポップス方面の人気で若者が集まるようになったらしい。



 雑然とした趣は変わらないが、若者が集まれば町の様相は元気になるようにも見える。しかしながら客が並んでいるのは簡単なファストフードの店だったりする。軒を並べる韓国料理の店が盛り上がっているようには見えないところがおばさん連中天下の時代とは違う。町はこうやって少しずつ変化していくのだと思える。変化はここだけではない。最近は都心部に出かけることが少なくなって、月に2、3度ペースだが、行くたびにお上りさんのような気分にさせられることが増えた。道路の様子が刻々と変わる。霞町から青山方面へ抜ける道も、見慣れない大きい交差点があったりして「ここはどこだ?」と目を見張ったりする。六本木、赤坂、銀座方面は録音スタジオが多く、毎日のように通っていたから裏道も知り尽くしていたわけだが、だいたいその裏道そのものが隋分と消えた。道路の変化は著しい。どうやら再来年のオリンピックに向けて、全面的に町の改造が進められているようだ。なにせオリンピックは世界に向けて商売ができる絶好のチャンスだから、そこは抜かりなく町をリニューアルしようということだ。そもそもオリンピックはスポーツの祭典などではなく、スポーツを隠れ蓑にし、世界を相手に金をかき集めることのできる持ち回りのイベントというのが正しいのかも知れない。わが師匠は70年代初頭、代々木にお住まいだったわけだが、「オリンピックで町の様相が一変しちゃってさ、電話だってその頃一挙に普及したし、首都高速はできるし、なんだかさ凄い勢いで東京は変わったよね」と仰っていたが、それがまた繰り返されるらしい。町は生きもののように変化し、僕らはむかしの面影が消えた町に呆然として取り残され、オリンピック以前とオリンピック後というように言われる日が来るのも近い。

拍手[0回]

カレンダー

11 2018/12 01
S M T W T F S
2 3 4 5 6 8
9 11 12 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

最新記事

(12/13)
(12/10)
(12/07)
(12/01)
(11/30)
(11/29)
(11/28)
(11/24)

アーカイブ

最新コメント

[12/10 s・f]
[09/26 s・f]
[09/26 ぐれじゅー]