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枕を高くして(低いけど)



 猫との生活も長きに渡り、こいつ等の日々の表情に和むことも多い。特に無防備で安心しきったような寝顔にはいつもほっこりとさせられる。うちの2名にはそれぞれにホットマットを与えていて、冬の間は食事と御不浄以外そこから離れることはない。それでグーグーとお眠りになるのだ。しかし、油断して眠りこける表情を撮ろうとカメラを向けた瞬間薄目でこちらを見ているのが分かる。きっとカメラの電源を入れる音で気付くに違いないと、遠く離れたところで電源を入れても、レンズを向けた瞬間に気付かれてしまう。どうやら「いいぞいいぞ」とカメラを向けるこちらの気配を感じるらしい。例えば深い眠りについている猫の顔の前に手のひらをかざすだけでも、必ずキッと目を開ける。そこらの感覚は非常に鋭敏にできていて、猫を騙すことはむつかしいのだ。
 それで、今日のヒットは大きなクッションの使い方で、見事に枕として活用なさっていることに思わず笑ってしまったのだ。

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雪が降る


 大石氏に譜面と資料を届ける約束があって、昨夜は雪の心配もあったから電車で吉祥寺サムタイムに向かった。車の場合と違い、JRでも京王線でも大きく迂回するような路線だから思っていたよりすっと遠かった。で、ライブスケジュールの日程調整などをしつつ、ワンステージを聴いて帰ってきた。9時ごろ吉祥寺の駅周辺ではすでに雪が降り始めていた。思いきり降って見せますと高らかに宣言するほどの降り方ではなかったが、忌ま忌ましいことにぐずぐずと降り続ける気配はあった。


 で、今日の朝、オーッ、また積もったか、なんと美しい。などと言っているばやいではないのだ。再び雪かきだ。前回はライブのために車を出せる状態にすることが大事だったが、今回、駐車場は放置してバス関係の通路だけ確保することに決めた。




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閉店


 ある日忽然と姿を消す飲食店というものがある。30年くらい前だったか渋谷にあったカレーの「ボルツ」は仲間内でも評判の店で、辛さが2倍とか3倍とか、果てには30倍というものもあった。どんな味だったかはっきりと覚えているものでもないが、ずいぶん経って訪れると無くなっていて本当にガッカリした。池袋の駅地下にあった立ち食いの店が集合する「すなっくらんど」も忽然と姿を消した。裏口付近に美味しいうどん屋があってお気に入りだった。店内にはラーメン、焼きそば、蕎麦、カレーなどなど手軽な食べ物の店が所狭しとひしめき合っていて、いつも盛況だった。ネットで検索するとイメージに最も近い写真が見つかったので転載。

 

 渋谷には「福ちゃん」という九州ラーメンの店があった。ここにもよく行った。麺は少し違ったけども、博多ラーメンとしては上出来の店で博多在住の頃の味を思い出させてくれた。ずいぶん前にNHKでの仕事があり、その日は帰りに福ちゃんラーメンに寄ることが大きな目的になっていた。行くときは歩く距離が近い代々木八幡からスタジオに向かった。さて、仕事が終わった帰り、口の中はすでにラーメンを期待しつつワクワクしていたわけだ。渋谷駅に向かう道を歩いていたのだが、いつの間にか福ちゃんを通り過ぎてしまったらしい。あわてて戻ってみたが、店がない。2度3度と繰り返して、やっと店が消えたことに気付くことになった。ガックリ肩を落とし、近辺のラーメン屋で何かを喰ったが、口の中の期待は見事に裏切られ肩を落としたままの帰宅となった。ま、食い物の恨みに近い。

 

 中野のブロードウェイ下の入り組んだ商店街の中にもお気に入りの中華屋「大門「があった。通路沿いにあるカウンターだけの店だ。ラーメン、炒飯などの中華も美味しかったが、ここでのお気に入りは「ショウガ焼き定食」だった。600円とお安かったしボリュームも満点。先日、久し振りに食べようってんで店に向かった。路地を曲がると店が見えてくるはずだが、どうも様子が違う。うどん屋になっていた。近所の店のおばあさんに訊いた。「あの中華屋は?」「秋ごろに閉めちゃったんですよお」「えっ、移転とかじゃなくて?」「いやいや、そのね、なんでもねご主人が鍋を振れなくなっちゃったとかでね」「あらまあ、好きだったのに・・・」



 この店は近所で働く人たちもよく来ていたし、残念に思っている人は大勢いらっしゃると思われる。時代が変わるとは言うけれど、そうやってある人材がリタイアすることで変わることを余儀なくされることもあるのだとシミジミとしたのだ。東中野のステーキハウス「ジェロニモ」が、親父さん亡き後娘さんに引き継がれたことは稀有な例に違いない。

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ビリー・チャイルズ


 今年もグラミーの受賞者が発表された。アルバム・オブ・イヤーとレコード・オブ・イヤーはChildish Gambino(チャイルディッシュ・ガンビーノ)が受賞した。ああ、情報不足で知らない。MTVが盛んに地上波で放映されているころはアメリカの音楽は身近にあったが、音楽的な鎖国を業界が始めてからは、とんとこの手の情報が入らなくなり、毎年グラミーが発表されるたびに「それ、だれ」と相成る。元々はラップ系だったらしいが、少し路線を変更しての受賞だという。それで音源を入手して聴いてみた。80年代のファンクを思い起こさせるサウンドで違和感なく聴けた。 ソング・オブ・イヤーはBruno Mars - That’s What I LikeでYouTubeでの視聴回数が1,152,902,305 回、とんでもないことになっている。ま、おっさんが知らなかっただけらしい。ジャンルが多過ぎることもあるが、知らない名前が多い。
 それで馴染みのあるジャズ部門に目を向けた。ピアノのBilly Childs(ビリー・チャイルズ)の「Rebirth」がベストアルバムに輝いていた。おっ、いいぞ、いいぞってな感じだ。ビリーはフレディ・ハバードの原宿キーストンコーナーでのライブで聴いたこともある。彼のピアノに参ったのはグロバー・ワシントンの晩年のアルバム(確かラストアルバム)での演奏だった。このアルバムではストリングスなどの入った編成でクラシックのオペラのアリアをグローバーは吹いた。白鳥の歌にしても哀しみのある作品だった。ここでのビリーの繊細なバッキングに魅入られ、俄然ビリーのピアノのファンになった。いつか共に録音することがあればと夢想したりした。ずいぶん前に見たホームページでの情報によれば小さな編成でのアンサンブルでの活動も活動も行なっているとのことだったが、その後の消息は不明だった。2011年には作曲でグラミーを受賞していたことも今日知った。



 このアルバムは知らなかったものだから、早速ダウンロードで入手して聴いた。アルトとソプラノのスティーブ・ウィルソン、ドラムのエリック・ハーランド、オーストリア出身のベースのハンス・グラヴィシュニクのクァルテットを核に、ゲストプレイヤーが入る編成。曲はかなりコンテンポラリーな作りになっていて、スティーブ・ウィルソンの存在感.、エリック・ハーランドのドラムに感心したり驚いたり。しかしながらミシェル・ルグランの「風のささやき」やホレス・シルバーの「Peace」が収められている所がこの人らしい。彼はハンコック、チック・コリア、キース・エマーソンなどと並んでヒンデミット、ラヴェル、ストラヴィンスキーなどにも影響を受けたと語っていて、クラシック関連の作品も数多く発表している。受賞アルバムの「Peace」などのような繊細で厳しい演奏が個人的にはツボでたまらないわけだ。

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見果てぬ夢


 故人となってしまった宮地利治の四十九日が迫り、線香でもあげに来てくれとの連絡を受け、諸般の事情で葬儀もなかったので是非もなし。電車ではるばる向かった。線香をあげた後、晩年の彼がどうだったかなどを聞き、もちろんこちらは20代の楽しい時代の記憶しかないわけだけど、ある部分戦友を失ったようなものだと痛感した。晩年の彼はライブ活動に精を出していたようだが、ライブギグのギャラだけで喰っていけるわけもなく、あまつさえメンバーのギャラは持ち出しの場合が多かったという。持ち出しとは、チャージバックの金を当てにせず、リーダーが自分の懐から工面することを言う。当然赤字だ。ライブハウスがレンタルホール化したのはいつ頃からだっただろう。ライブハウスの暖簾だけで客が集まる時代はとうの昔に終わり、出演者の集客能力頼りで営業するようになった。それでもライブを続けたいという演奏家は持ち出しでギグを行なうことになる。世間様から必要とされてないとも言えるし、それは自己満足のための行動だと言っても差し支えない。そりゃ、ま、満席ソールドアウトになれば万万歳だが、そのような演奏家は限られている。悲観的に考える材料はいくらでもあって、楽観的になることなど出来るわけもない。少々上手いとかで行けるものでもない。とにかく「これはなんだ!!」と誰もが驚くセンセーショナルなものでもなければ先はない。実のところ、みんな言われなくても分かっているのだ、そんなことは。それでも続ける気持ちに咎め立てをすることは誰にもできない。

 都営新宿線に乗るのも久し振りで、市ケ谷駅で急行を待つ。しかし、地下鉄の駅というのはどこも殺風景で寒々しい。駅というものはだいたい寒々しいものなのだが、地上を走る電車だと辺りの景色があって救われていることを知る。



 ホームのベンチに腰を下ろして寒々しい景色を見ているうちに、十年以上前の出来事を昨日のことのように思い出した。
 この路線には神谷町駅がある。東京タワーから近い駅だ。神谷町から歩いていける場所にサウンドシティスタジオがあった。ロシア大使館横の路地を入った先に、放送局と録音スタジオの入るビルがあった。このスタジオには頻繁に出入りした。ある日、朝10時からCMの仕事があって、その後同じスタジオで4時から別件の録音が入っていた。CMの録音は12時ごろには終わり、4時間も空く。帰宅するのは躊躇われた。帰ったらすぐ出てくる感じになるかもしれない。それで、神谷町から地下鉄に乗って銀座方面に遊びに行こうと決めた。4時間もあればのんびりできる。神谷町の駅もこんな感じで寒々しかった。改札を抜けて少し歩くと、椅子に腰掛けた男の姿が見えた。少し前のめりに座る彼の手にはワンカップの酒が握られていた。おっと、昼間っから酔っぱらいかってんでやり過ごそうとしたときに椅子の横に立て掛けられたギターケースが見えた。よく知っているギタリストだった。「何してんだ、こんなとこで」と訊くと「ああ、フッチー、おれさ田舎に帰んだよ」と泣きそうな顔で言う。明日帰ることになっているのだけど、色々と後始末することがあってある所に行く途中だが、気が重くなって降りてしまったのだという。気持の整理が付きかねていたらしい。銀座行きを止め、駅側の喫茶店に入って話を聞くことになった。酒のせいもあって生活が破綻し、女房に愛想を尽かされたなどという。それで、田舎に帰ることになったらしい。話し終えると少しは楽になったようだが、手助けできることはない。田舎で頭を冷してまた戻って来いと言って別れた。故郷へ戻り親の手配で堅気の仕事について頑張っていて、一度葉書をよこしたりしたが仕事は続かず、1年後には周囲の反対を押し切り舞い戻ってきて復帰した。彼も数年前に故人となった。
 何人かの天才はともかく、自分も含めて多くは見果てぬ夢に翻弄されつつ彷徨うということを改めて実感する。

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