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その日のために



 昼のテレビ番組で、縁者のいなくなった古い戦没者慰霊碑などが多く、その処置に困っているという話を聞いた。小学生のころを思い出した。僕らの町にはやたらと寺があった。狭い町内に3つあったし、隣町にもあった。墓所は子供の絶好の遊び場だった。怒られたこともあったが、冬場にたまさか雪が降ったりすれば、早朝の内に雪合戦などもした。もちろん、夜の墓に行くものなどいなかった。夏休みには肝だめしの会場になることもあったあの恐ろしい墓場に好き好んで行くものはいなかった。昼間は怖いなどと思ったことはないのだから不思議なものだ。どの寺の墓場にも荒れた一角が必ずあった。墓参りする人を無くした墓は草が生い茂り、墓石も黒ずんで彫られている文字の読めないものもあった。それらは無縁墓というらしい。放置された無縁墓は解体撤去されるらしいが、それはかなりの年月の後だと思われる。将来的に墓を守る人がいなくなることが予想される場合は「墓じまい」というものが用意されている。寺の管理から抜けるときにお布施がいくらか発生し、墓を解体する費用、遺骨を改葬先に納骨する費用などなど、これが案外かかる。墓じまいすることもなく無縁墓となっているものは全体の4割ほどあるという。墓も慰霊碑も死者のことを知っている人たちのためのものだ。弔う人たちのよりどころのようなものだから、知っている人が誰もいなくなれば存在は宙に浮いて無意味なものに成り果てる。ギターの松木さんは葬儀など一切を拒否して亡くなった。それに倣おうと考える。死んだ自分には何も分からないからそれでいい。葬儀も身内だけで行なうのが望ましい。墓場の一画に収められるのも、自分には分からないとはいえ何だかありがたくない。骨は拾ってもらうにしても、そのうち土に還して頂くことが望ましい。何も今日明日にという話ではないが、歳を取るとそんなことを突然考えて狼狽えたり焦ったりするものなのだ。

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避難の転校



 転校生の話には続きがあった。転校して1年、4年生になっていた。ある日、伊勢湾台風を経験した名古屋の小学生がこの学校に編入してきたので、その時の体験談をお話して頂くことになったと先生が言う。質疑応答のようなものもあったような気がするが、だいたいはその見るからに利口そうな女の子一人で一時限近く話した。立板に水、淀みなくスラスラと、たぶん僕らのクラスに来るまでに幾つも教室を回ったに違いなく、そもそも流暢だったものがさらに滑らかさを増し、つっかえることなど一度もなく体験談をお話しになった。同じぐらいの歳の子の、その流暢さに舌を巻いた。たぶん自分のクラスで話したのを聞いた教師が「これは・・」と驚いて、その運びになったものだと思われる。
 彼女らの住んでいた地域はいわゆる海抜0メートル地帯で、海面より土地が低かった。台風の強風は強烈な高潮を生み、決壊した堤防もあるほど海は荒れ、かなりの範囲で町は水没した。この時の被害者は5000人を超えている。多くは流木による犠牲者だったという。台風が直撃したときの恐怖なども聞いたはずだがあまり覚えていなくて、唯一記憶に残ったのが割合きたなく尾篭な話だった。とにかく一命をとりとめた者たちがいることの出来る場所は屋根の上だった。水で流された家も多かったから、あがる屋根があっただけでも幸運だった。屋根の上で水の引くのを待つ孤立した人たちがポツン、ポツンと見えたそうだ。そこら中が水没しているわけだから、避難する場所も早急には確保できない。食糧だけは舟で運搬されていたものと思われる。とりあえず助かった人たちは水の上にぽっかり突き出た屋根の上で過ごすことになった。助かった安堵は屋根の上での生活の厳しさに勝っていたようだが、困ったのはご不浄だった。それで、数日経つとあちこちに便が包まれた紙包みのようなものがぽかりぽかりと浮いていたそうだ。ましてや当時は水洗ではなくほとんどの家がくみ取り式の便所だった。その汚水も拡散しているわけだから衛生上の問題は深刻だった。地域によっては水が引くまでに半年を要したところもあるらしい。この台風によってトランジスタラジオが普及することにもなった。
 伊勢湾台風は台風の恐ろしさを伝える際に必ず引き合いに出されるものになった。あの女の子がどれほど学校にいたのかは知らないが、全校30クラスほどをほとんど回ったのではないだろうか。

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転校生


 近ごろは季節の変わり目というものに奥ゆかしさというものが欠け、いきなり夏になったり秋になったりする。洗濯したばかりの半袖シャツが笑う。



 転校生という立場に一度だけなったことがある。昭和34年4月、姫路から佐賀に移り地元の日新小学校に通うことになった。34年は現陛下と美智子妃の成婚の年でもあり、転校して数日後に式が行なわれた。2月には高倉健と江利チエミが結婚している。目出度いことばかりではなかった。9月には伊勢湾台風が名古屋に壊滅的な被害をもたらし多くの犠牲者が出た。3年前に発覚した水俣病は争いが激化し、1500人の漁民が新日本窒素水俣工場に乱入して警官隊と衝突した。7月、児島明子がミスユニバースに選ばれ、8頭身などという言葉を聞くことになった。第1回レコード大賞に選ばれたのは水原弘の「黒い花びら」だった。ヒットした日本の歌謡曲は「南国土佐を後にして」「黄色いさくらんぼ」ザ・ピーナッツの「可愛い花」などだった。小澤征爾がブザンソンで1位になったのもこの年で、後に世を席巻するベンチャーズは結成されたばかり。ジャズではオーネット・コールマンがニューヨークに登場して騒ぎになった。映画では「ベン・ハー」「北北西に進路を取れ」「ギターを持った渡り鳥」などなど。最近ではテレビでうるさ方として厳しいことを仰る張本勲氏は新人王だった。まさにべたべたの昭和の時代だ。
 転校生といっても4月だからクラスは新しくなったばかりだったが、壇上に立たされ紹介されるときはまるでさらし者にでもなったような気にさせられた。当時はコテコテの関西弁だった。それもあって転校生は珍しがられ注目も浴びるのだが、それが裏目に出ることもあった。相撲大会に出場する選手を指名する際にクラスの女の子が全員声を揃えて推薦してしまったのだ。体が大きいわけでもなくどちらかといえば弱小タイプだったが珍しさだけで出場することになってしまった。迷惑なことこの上ない展開だったが、あまりのことに抗弁も出来ず、その日相撲のまわしを着けさせられたときは、この世の終わりかと嘆きたくなるほど気が沈んだ。結果は軽く負けた。だいたい相撲などとったこともないし、さっさと負けてセイセイしたのだが、クラスの子の落胆ぶりが恨めしかった。
 2年ほど経ってすっかり土地に馴れたころ、どういう経緯があったのか、隣町の寺に旅芝居の一座が逗留した。市内には一軒だけ芝居小屋があったから、そのような一座がいることは知っていたが、寺に逗留というのは妙なことだった。しばらくして、その一座が寺の本堂の大広間で芝居を上演するという話が伝わり多くの人が詰めかけた。ステージがあるわけもなく、一座が用意した幕があるだけの四畳半程度の狭いスペースで芝居は行われた。普通に考えれば芝居など成立するはずもないような状況だった。ところが、一座の人たちはさすがだった。見事な話芸で観客を引き込んでいき、狭いスペースが道端にも家の中にも自在に変わっていった。舞台装置も何もない場所で風が吹き雨が降り雪が舞った。誰もが涙ぐむような人情噺に、見ていた人たちはこれ以上ないほどの喝采を送ることになった。数日後、一座の女の子供が学校に転入してきた。和尚の薦めなのか、一座は子供を預けて旅に出ることにしたらしい。だいいち可愛い子だったから、すっかりませたガキであった元転校生は関心を持った。彼女が芝居に出ていたかどうかは覚えていない。たしか年下だったような記憶があるが定かではない。何とか話でもできないかと思っていたのだが、その日は案外早く来た。どういうわけか、放課後の二人っきりの教室で言葉を交わした。何を話したのかなど覚えているわけもないが、大人たちの世界で生きてきた子は僕らの周りにいる子供とは違った。言葉つきも大人びているし、本人が意識せずとも醸し出す色気のようなものにドギマギさせられた。内心「はあー」と大きなため息をついた。この雰囲気に惹かれたのだと分かった。その僅かな時間がすべてだった。ほどなく彼女は転校して去っていった。後に藤谷美和子という女優がデビューしたとき驚いた。あの子ではないかと思ったのだ。それほど似ていた。歳が合わないから別人だけど、しばらくは彼女だと思っていた。
 子供のころの縁日にはいかがわしい商売をする大人も多かった。数々のインチキがまかり通っていたが、それを非難する声があがることもなく、そのインチキも縁日ならではのエンターテインメントとでもいうように容認されていた。実際見たことはないが、「おおいたち」を見せる小屋があって、中に入ると大きな板に血が塗られていたそうだ。そうなるとシャレのようなものだ。大きな人の輪の中で声を張り上げるおっちゃんの売っているものは薄っぺらい本だった。本というより幾つかの紙を束ねただけの印刷物だった。口上は「気」というようなものだった。私の気合いで人が動けなくなったりするというのだ。そのやり方についてはここで申し上げるわけにはいかない。是非ともこの本を買って読んで頂きたい、という。それに至るまでには簡単なキズ薬のようなものを売ったりする。最後に余興のようなものだがと前置きして、「気」を御覧頂くという寸法になっていた。それで興味を持った方は本を、ってなことだ。「こればかりは一人ではできないので、・・・ああ、そこのぼっちゃん。君が手伝ってくれると嬉しいんだが、ちょっとこちらに来てくれるかな」困惑気な男の子がおずおず出てくる。「簡単なことだから。あっちから走ってきてくれるかな」と人の輪の外れを指さす。走り出した子供に向かっておっちゃんは「キエーッ」というそれらしい奇声を上げる。すると走っていた子供がピタリと足を止め、動けないとアピールするように手をバタバタと振り回すのだ。エーッ、マジかという展開だ。次の日、転校してきたのは昨夜の動けなくなった「ぼっちゃん」だった。即座に昨夜のあれは息子としての仕事だったに違いないと気付いた。彼らは旅先で転入を繰り返していたのだろう。毎夜手伝っていたかは分からないが、行く先々で同じことやっていたと思えば少々気の毒な気もしたのだけど、所詮インチキな手合だから同情は控えたいと思うと同時に、かなり気合いの入った面構えは見方によっては怖くもあり、当然のように友達になりたいとかお話したいとかはこれっぽっちも思わなかったのだ。

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秋祭り


 この近辺で日曜日にスーパーへ行くのは躊躇われる。なにせニュータウンであるからして、休日には買い出しの人が殺到する。だが切れているものがあって止むなく行った。スーパーへの交差点を左折した途端に動きが止まった。ああ、やはり駐車場待ちかとガッカリして帰ろうとしたがどうもいつもと様子が違う。お囃子が聞こえてきた。トントクトンツク、トン、ツクツクという感じだ。前方に神輿がいるらしい。神輿の時速5キロほどの速度に合わせて車がノロノロと進む。もう一つ先の信号を左折すればすぐだから神輿の後を付いて行くことになった。ところが神輿も左折してスーパー方面へ向かう。遂には神輿はスーパーの駐車場に入って行ったのだ。まるで大名行列のように車が後を追いかける。駐車場は広いスペースがあるから、ここで盛り上がる算段らしい。やっと車を停めて店に入ろうとすると、店の正面で神輿を囲んで気勢を上げ大騒ぎになっていた。普段だったら苛々したりするところだが祭礼では笑うしかない。日中は夏そのものだったが、秋だなあなどと長閑な気分に少々浸ってしまったのだ。何もね、混みあう休日のスーパーで盛り上がらなくともと思ったりはするが、やっぱ祭礼は人が多いところで祝わなきゃ、人がまばらでは気勢も上がらないだろうしなどと納得してみたのだ。

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立ち食い


 京王線新宿駅の改札を出て少し歩くと立ち食いの「C&C」というカレー屋がある。ま、立ち食いではなくスタンドだと言う人もいる。いつも混みあっているが、なにせカウンターだけの店で食べるのは誰もがカレーだけ。食ったらとっとと出るから順番はすぐ回ってきて、こちらもさっさと食ってとっとと出る。正確な名はカレーショップC&Cダイニング。京王グループのフードサービス企業「レストラン京王」が運営している。京王線沿線に19店舗。



 これが美味いというか飽きないのだ。そう頻繁に食べるわけではないが、新宿に出て腹が減るとここを思い出すようになっている。むかしに比べれば外食の頻度はおそろしく減った。食餌療法で塩分やその他諸々を気にするようになって久しい。豚カツ定食とかカツ丼とかも含めてちゃんとした外食を頂いたのはいつだっただろうと忘れてしまうほど外で食事をしなくなった。たまにラーメンなどを食ってしまうと少々罪悪感を感じたりするようになってしまっているのだ。しかしながら立ち食いの「富士そば」とか、このC&Cはたまに入ってしまったりするのだ。それは5分やそこらで食べ終えて、何事もなかったような顔をすることが出来る一瞬の出来事的な申し開きを自分にすることが可能だからだ。速く食ったからといって良いことは何もありはしないのだが。いつもウサギのように菜っ葉ばかり食べているし、ま、月に一度ぐらいならいいかと自分を甘やかしているわけだ。実際、食生活は単調で面白くないものになった。脂肪分なども考慮すると、食べるに適した範囲は狭まるばかり。あれもこれも要注意になってしまうのだ。
 ま、それはさて置き、ここのカレーだ。辛さは選べるようになっているが、ルーは玉ねぎをベースにスパイスをブレンドしているらしく基本的に甘さがある。食べているのはほとんどが男性で女性が一人で食べているのを見た記憶はない。男性も、若い人よりおっさんが多い。どうしてかは分からないが、カレー屋では必要以上にスプーンを皿にカツカツと音を立ててせっかちにぶつける人がいる。スプーンを口に運ぶのさえもどかしいようにスプーンを振り回すのだ。こないだ隣にいたおっちゃんもそうだった。反対側からもせわしないカツカツ音が聞こえたので見ると、それも同世代だと思われるおっちゃんだった。若い人はおとなしい。時間に追われ、余裕のないおっちゃん達が飛び込んでかき込む避難所的な食堂のような気がした。

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