☆☆☆

またかよ



 あまり似てはいないが噂の相撲部屋の親方。弟子の暴行事件を隠ぺいしたとか、対応に問題があったとか。被害者の元力士の話を聞くと、とんでもなく乱暴なもの。もちろん、兄弟子に暴行を受けるには理由があって、決められたことをやらないことで怒りを買いお仕置きになったらしい。しかしながら彼は後遺症が残るほどの傷を受けた。その告発を受けて対応に問題はなかったと仰るわけだ。



 だいたい体育会系というものは度々こういった問題を起こす。そのような体質が体育会系たる所以らしい。ほとんどは闇に葬られるが、時々行き過ぎて明るみに出てしまい、ワイドショー格好のネタ提供と相成る。問題発覚、問題発覚と、このような報道そのものが娯楽に近い感覚でなされる。あるプロレス関係者は「こんなもの、あたしらの世界じゃ日常で、毎日ワイドショーネタになっちゃう」と言ってしまう。ま、格闘技だからそんなものかと納得しないでもない。
 それよりも、以前から思っていたことがある。相撲部屋の親方連が集まっているところを見ると、どう考えたってかたぎの集まりには見えない。こう言っちゃあなんだがヤクザ関係の集団に見えたりする。着物などで現れれば尚更だ。なんとか部屋という看板だって、何々組と代えてもおかしくはない。単なる興行であったものが、いつの間にか国技と言われるものになった。この際、国技は返上して「酷技」としてもいい時期ではなかろうか。

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横浜ライブ


 「ヘイ・ジョー」に駆けつけて頂いた方々には、深く感謝する次第です。
 
 久々のライブで疲れたというか、疲労困憊というのに近い。初めての面子だから仕方ないが、平和なサウンドを得るために、あれこれと注文を付けるだけでもエネルギー消費量は高い。



 しかも例によって全体の音量がとてつもなくでかい。何度注意を喚起しても大きくなってしまうから、彼らにとっては自然なことらしい。まるでドラムの伴奏をしているような状況に陥り、遠い昔に散々やったブローをする羽目になった。ま、避けたい展開だが仕方ない。忌ま忌ましいことに、大きな音でブローすると新たな発想などは浮かばない。バンド全体が叫んでいるようで、会話とは程遠く、言ってみれば皆でお互いに邪魔しつつ演奏しているようなものだ。しかしながら、そのようなやり方がライブハウスの日常と化している。もちろん良い情況ではないが、それは一人や二人の力で変えられるものでもないし、日本の現状はそのようなものだと言って差し支えない。例えば、タワー・オブ・パワーのリハーサルが目の前で行なわれている際、横の人と会話できると聞いた事がある。PAを通していない彼らの演奏は生音で見事にバランスが取れているのだ。それはロックのディープ・パープルなどでもステージ上は静かで会話が成り立つのだ。PAを通した彼らの演奏を聴いて、ロックは音がでかいものだと思ったらとんでもなく、ブレッカーとマイニエリのステップス・アヘッドのライブだってステージ上は恐ろしいほど静かだったという。
 日本でのライブのやり方が爆音系に傾いていった流れは、小さなライブハウスでも演奏者それれぞれの側にモニタースピーカーを置き、生音でバランスを取る重要性に気付かず、それで良しとしてしまった事にある。誰もが心置きなく大きな音で喚くことが可能になり、それを変だと思わなかったわけだ。アンサンブルという核の部分が無視され、お互いに聞き合って注意深く作り上げる過程がなくなった。皆で喚いてどうするんだってな話だ。
 次のライブではPA無しの演奏にチャレンジすることを考えている。小さな音で表現するのは難しい。よほどしっかり演奏できていなければ粗が全部見えてしまう。それが怖くて誰もが爆音に向かい。無駄で余計なフィギュアをそこら中に鏤める。静寂が怖くて余計な音で埋めてしまうのだ。
 ライブで演奏する際、一音一音が誰かの心に届くことを望んでいる。青臭い言い方に聞こえるかもしれないが、それしかない。そりゃあ、ま、爆音で皆を驚かせるというか、ねじ伏せるのも悪くないかもしれないし、「上手いなあ」と感嘆させるのも楽しいかもしれない。しかしながら伝えたいことがそれだけではあまりにも寂しいと考える。
 昨夜は宮地利治を偲んで「The Very Thought of You」を演奏した。この時だけは静かな瞬間が訪れた。あれは宮地の力に違いない。

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雪かき


 昨日は午後1時からスタジオを予約していたが、すでに昼ごろには雪が降り始めていた。なんてこったい、なんだが、とり合えず積もるような案配になったら即帰るということで向かった。スタジオに着いたあたりで雪はさらに強くなる。結局は1時間で退散することになった。明日は車の運転が難しくなるかもしれないってんで、帰りに気になっていた猫のトイレの砂を買うためにホームセンターに寄った。でかいホームセンターの中は人もまばら、店員は手持ち豚さ、もとい無沙汰。駐車場は坂の上にあって、最後は急勾配。もしやというので、ホームセンターで小さい板を買っておいたのだが、これが役立った。最後の勾配でスリップした。スコップなどを使うほどでもないだろうと考えていたわけで、それが的中したのだ。転ばぬ先の板。あんたは偉い。



 さて明けて今日。これほど積もるとは・・・・。明日はできることなら車で向いたい。楽器2本と譜面の束を抱えて電車は辛い。それで昼前から駐車場の雪かきを始めた。まだ柔らかい内に取り除くに限る。それでも坂の雪はすでに氷状になっていて、雪かきというより氷剥がしに近かった。お年寄りには疲れる作業であって、運動一週間分はやったと思われる。駐車場がなんとかなって家に戻ると、普段あまり使わない玄関前の階段が大変なことになっている。


 朝方誰かが端の方を通った跡があったが、ここを上り下りするのはかなり危ない。スコップを持っているわけだし、ここも人一人が通れるぐらいはやることにした。結局、11時頃から出かけて部屋に戻ったのは午後1時。2時間の罰ゲームは終了した。何の罰かは知らないが、ライブ前に何らかのトラブルに見舞われるのは警告のようで不吉でもあり、しかしながら先に罰を受けてしまえばこっちのものではないかと考えたりする次第。

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魔女狩り


 例のアホな週刊誌がまたまた不倫を暴露し、小室クンが引退発表するという事態にまで発展した。文春砲などと揶揄され、それを褒め言葉とでも思ったのか、すっかり調子に乗った誌の編集部は有名人の下半身の問題を追及することこそが我らの使命だとでも思っているらしい。以前はテレビで見ない日はないほど露出の多かった女性タレントはあっという間に消えた。ついこないだ問題にされた女優も活動休止になっているらしい。だいたい、彼ら彼女らの私生活など知ったことではなく、本業を辞めるまで追い込むとというのは行き過ぎ感を否めない。現代の魔女狩りではないのか。



 近ごろは電車に乗ることも稀だから滅多に見ないが、扇情的な吊り広告に誘われて週刊誌を買ってしまう人がそんなに多いのだろうか。むかしは下品な話題ばかり取上げるものではなかったように記憶しているが、センセーショナルに取上げて世間を騒がせたのは「三浦事件」だった。同じ文春でもロッキード事件は「文藝春秋」の記事から始まった。しかしながら、そうやって隠れた事件を掘り起こして騒ぐと売れ行きが伸びて儲かるということを知り、すっかり味を占めてしまったという経緯はあるはずだ。それなら事件を作ってしまえ。だからと言って捏造はアウトだ。そうだ、世にはびこる不倫だ。これならそこら中に転がっているだろうし狙う相手には事欠かない。なにせモラルに反することだから、暴露しても世間は承知せざるを得ない。斯くて彼らは打ち出の小槌を手に入れたってわけだ。タレント、俳優、歌手、議員、誰だっていい。そうやって誰かをやり玉に挙げ石でもぶつけましょうってな勢いだ。いい加減にしろ、と思う。日本の国民というものはそんなにこの手の話題が好きだったのかってな話だ。そのような話題を広めて悦に入っているヤツ等が気味悪い。この手の話題ばかり取上げる週刊誌はちゃんと別に用意されていることだし、君らがやる必要はない。さっさと本来の良識ある誌面に戻しなさい、と言っても「良識」などという言葉は忘れてしまったかもしれない。たぶん。

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お復習いと歯痛


 突然歯周辺の痛みを感じた。次にやって来たのが歯茎の腫れ。「えっ、えっ、なんだよ」なんだけど、たいした痛みがあるわけでもない。しばらく様子を見るかと考えていたら、少々酷いことになってきた。あわててかかりつけの歯医者に電話。治療は予約制でなかなか時間が取れないから、とりあえず抗生物質だけ処方してもらうことにした。


 楽器が吹けないほどの痛みなどはないが、少々吹き辛い。夕刻には図の青い部分のように腫れ上がって容貌に変化が現れた。「ゲゲゲッ」なんだが仕方ない。抗生剤は効き目が出るまでに3日ほどを要するわけで、ライブぎりぎりの展開にやきもきする。ここ数日は一日中楽器に向かっていた。それこそ一日10時間では収まらない。そういった根を詰めることもストレスとなり、歯痛などを引き起こしたりするらしい。
 演奏家として曖昧にしてしまっている部分というものは限りなくある。歳を取る毎に、その曖昧な部分をなんとか克服しようと躍起になる。元々曖昧になってしまっている部分だから、これだという解答はない。これもある、あれもあるというような情況だ。即興で何かを表現するということに底はない。手っ取り早いのは、若いときの誰もがそうであるように、誰かのやったことを頂く手だ。パーカーのやったことマイルスのやったこと、なんでもいい。それら結果が出ていることを頂いてしまえば、なんとか格好がつく。で、若くない。そんなことは憚られる。あれもある、これもあるを全部復習ってしまうしかない。恐ろしく時間のかかる作業で、没頭したくなくとも試してみるしかない。ヴァイオリンの尾花氏は1小節を500回繰り返して復習えばほとんどのことが出きるようになると言った。彼の場合は「正」の字をその都度書いたという。「正」が100個になるまで繰り返したらしい。しかしながら、これが即興で、となると500回というものではなくなる。どこにでも行けるように復習うわけだから無限に近い。しかも、本番ではそれらを一切忘れて、無から始めることになる。自由を獲得する道は遠いのだ。ま、なんだ、体にガタも来るわけだ。

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