☆☆☆

時代のアイドル


 朝食のとき、特に見たいわけでもないのにテレビを点ける。猫と会話しながらでもいいが、ヤツ等は喋れない。一昨日の朝の番組はほとんどが同じで、トップニュースとして大々的に扱われていたのが国民的アイドルグループの活動休止だった。国民的アイドルって何よ、ってのもあるが、それはさて置き、そんな重大なことなのかと驚いた。タレントが芸能活動を休止するだけじゃねえかってなものだ。当然のことながら、だいたい嵐というグループをよく知らない。僕らの世代でそれに詳しければ、それはそれで薄気味悪い。世事に疎いことを痛感するというか、時代にまったくついていっていないことがよく分かったわけだ。
 もう一つの話題が大坂なおみ選手の活躍だった。全豪オープン制覇、日本人初とアイドル並に喧しい。彼女が日本人とされることについて疑問を投げかける声もある。もちろんハーフである彼女の人種的なことなどではなく、3才で日本を離れてアメリカで育ち、教育もアメリカで受けたことから違和感を感じるというものだ。名前は日本名だし国籍も日本だから問題があるというものでもないが、そのあたりに関しては海外のメディアも質問したりする。



 彼女は自分のアイデンティティについて聞かれたとき、最初はその真意が分からず、テニスのことだと思ったようだった。自分のルーツについての質問だと分かると、そのようなことは考えたことがないが、日本を離れたからこそ日本を強く意識するようになったのだと語り、しかしながらテニスに関していえばアメリカンだと明言した。現在は二重国籍だが1年後にはどちらかを選択することになる。テレビ画面のコート上ではまったく分からなかったが、彼女の身長は180センチ。見上げるように大きい人なんだな、これが。

拍手[0回]

運転手のアホな心理


 寒さがピークらしい。雪に囲まれる北国はこんなものではないだろうが、寒いのはホントに嫌いだ。何をしていても落ち着かない。



 堺の煽り運転の裁判は殺人罪で懲役16年の判決になった。軽過ぎるという意見もある。実際のドライブレコーダー映像は証拠物件で公開されていないが、テレビではそれを再現したビデオを作成して流していた。最終的に追っかけていった車がバイクに追突して死に至らしめたことは確かだが、そもそもの発端を見ると、これは煽り運転というよりも公道上でのバイクと車のバトルというのが近いようにも思えた。バイクが左の路側帯から追い抜きをかけたことから始まっている。左からの追い抜きはマナーという点では問題がある。車の運転者は驚いたに違いなく、クラクションとパッシングで抗議した。これをバイクの若者がどう受け取ったかは分からないが、車の後に回り込むような詫びる態度を示す行動には出なかった。被告はここでカッカしていただろう。3車線になったあたりで車は左車線に移動したのだが、中央にいたバイクは車線前方に遅い車があるのでさらに被告の車の前に出る形で車線変更。これが被告の神経を逆なでしてキレてしまった。このバイクの行動が被告の車を意識した上でのものだったかどうかは定かではない。しかし、その後スピードを上げて振り切ろうとしたように見える。ところが車の運転者は異常なヤツだった。逆上した彼はバイクを追っかけてぶつけるという暴挙に出た。事の顛末は不幸な結果に終わった。公道を走っている車もバイクも何かしら殺気立っているところがあって、まるでレースでもしているような展開になることが多い。少しでも前に出ようとするのが運転者の心理らしい。人はカッカしながらも最終的な愚挙に出ることを抑えているわけだが、時おり逸脱するヤツが現れるわけだ。あたしは煽っているような動きをする車があると必ず先に行かせることにしている。万が一事故ったりすれば後の処理だってウンザリするほど大変だし、何よりも精神衛生上何の得もない。ま、用心に越したこたあない。

拍手[0回]

読めば読むほど


 さて、高峰さんの項の続きだ。この一ヶ月ほど著作を読み漁ったわけだが、ここに来て、むかし聴いたことのある「銀座カンカン娘」が彼女の歌だったことを知って、さらにさらに驚いた。服部良一さん作曲のヒット曲だ。別に歌手になろうとしたわけではなく、しかし自分の台詞の聞こえが悪い事に気付いた彼女は声楽家、いわゆるオペラ歌手に就いて学んだ経験を持つ。それも男女2名に就いた。一人では週に一回しか受けられなかったから2人に就いたという。同名の映画も撮られているから映画の主題曲だったのか曲が先かは分からない。映画では彼女が素晴らしい歌手だったと語っておられる笠置シヅ子さんとの共演で、笠置さんにとっては代表作と言われるものになった。感心するのは、声楽家に就くこともそうだが、何事にも徹底して突き詰める方だったらしく、文学や美術の分野にも造詣が殊の外深いことだ。ろくに学校もいけなかった彼女は本を読むことで自ら学んでいった。あらゆるものを読んだと語っている。単なる知識に留まらず、かなり的確に作品を評する能力にも長けていたようで、そんなことが谷崎潤一郎や、志賀直哉に愛されることに繋がって行ったってわけだ。太宰治の遺作「グッド・バイ」は高峰さんをモデルに書こうとした作品で、映画化する為にスタッフは本の出来上がりを待っていたらしい。しかし、半分ほど書いたところで彼は自殺した。



 「いっぴきの虫」は様々なジャンルの方たちとの対談を含む交友録で、東山魁夷、梅原龍三郎、川口松太郎、有吉佐和子、團伊玖磨、森繁久弥、杉村春子、木村伊兵衛、松下幸之助など、錚々たる名前が並んでいる。ここで感心するのはどのジャンルの方たちとの対談も臆することなく、幅広い知識で肝要な点を質問するから会話が弾む。まったく大したものなのだ。杉村さんの言う才女だったのは間違いなく、しかも常に学ぶ姿勢は崩さなかったと思われる。今の女優さんにこんな人はいないと断言できる。美智子妃とも親交があったと言うから只者ではなかったのだ。
 しかし、歳を取ると昨日読んだ本は、今日になると3分の1ほど忘れてしまっている。で、一週間も経つとまた再読出来るってのがありがたいような悲しいような・・・。

拍手[0回]

高峰さん


 昨年の暮に書店で見かけてたまたま買った本が最初だった。高峰秀子という女優さんが書いた本で「にんげんのおへそ」「にんげん住所録」というタイトルのエッセイ集。高峰秀子さんと言えば「二十四の瞳」「名もなく貧しく美しく」などの作品で広く知られる、僕らの世代よりは二回りほど上の時代のスターだ。それでも上に挙げた2つの作品はよく知っているし、「名もなく・・」に至ってはDVDを持っている。2冊の本は軽妙な筆致に引き込まれ一気に読み終えてしまった。再び書店へ赴き他の著作を探した。「私の渡世日記」上下刊を喜々として購入してさらに深みに嵌まることになった。波乱の女優人生がくまなく語られているし、5才から子役として映画に出続けていて小学校さえまともに通えなかったが、旺盛な知識欲から独学で学んだ生き方に驚嘆した。杉村春子さんは彼女が敬愛した女優だが、22歳の彼女が書いた文章を読んで、その巧みさに驚き「才女だと思った」と語っておられる。聡明な方だったことは間違いなく、谷崎潤一郎、司馬遼太郎、梅原龍三郎、藤田 嗣治などとの交流が度々書かれている。



 あまりにも巨大な彼らのことを、谷崎は谷ゴジ、梅原は梅ゴジと呼んで慕っていたようだ。子役から大成する俳優はないと言われるが、彼女は5才から50を過ぎて引退するまで常に第一線で活躍する女優さんだった。稀有なことだと評されている。気っ風よく面倒見もよかった彼女は越路吹雪や有吉佐和子など多くの女性に慕われていた。越路吹雪などは夜中に「今から泊まりに行ってもいいか」電話をかけてきたそうだ。しかし、高峰さんはそんな無茶にも嫌がらず相手をしたというのだから恐れ入る。残された映画以外の映像を見る限り、役柄とは違い、どちらかといえば男性的と言えるほどハキハキしていて屈託がない。木下恵介、成瀬巳喜男、両監督との仕事が有名だが、小津安二郎、増村保造、野村芳太郎、稲垣浩、小林正樹などの作品にも名を連ねている。本の内容を書いたってしょうがないわけで、とにかくどれか読んでみることをお勧めする。特に「わたしの渡世日記」は、やはり交流のあった川口松太郎が「人生の指導書」と絶賛したというから読んで損はなしと判断する次第。
 亡くなって10年近くが過ぎようとしているが、今ごろファンになった。存命のころに知らなかったことが悔やまれる。著作は20冊あまりだった筈だが、過去の対談なども活字化されて結構な数の本が出版されていてありがたい

拍手[0回]

桜の蕾


 まだまだ冬は続くわけだが、桜の樹を見て「あらま」的に驚いた。やつ等はしっかりと準備段階に入って入るらしい。考えれば後2ヶ月で開花するわけだから当然なんだろうけど、イッヒッヒとか言いつつ手ぐすね引いているようにも見える。



 昨日は大昔に弟子だったヤツと会って歓談する時間があった。彼はJRを努め上げて2年前に定年を迎えた。今は嘱託として働いている。弟子というものは二人しかいなかったが、その一人だ。彼の場合は手の負傷を切っ掛けに辞めることになったわけだが、もう一人も将来性のことなどを考えて断念させた。若いころは少しは仕事も出来るだろうが、一生となると無理があるように思われたのだ。熱意だけでは渡れない世界だから、散々脅して説得した。それでも続けると言い張れば、それはそれで脈があることになる。JRはアマチュアとして活動していた時期もあったが、最近は吹いていないという。よくライブにも顔を見せてくれるのだが、プロのやっていることを理解するにつれ、アマチュアの集まりの知ったかぶりが鼻についてきたらしい。分かるような気がする。音楽はいつだって具体的な音の連なりから出来上がっている。しかしながらアマチュアの中には夢窓的な拠り所で考える向きが多い。具体性のない知ったかぶりほど厄介なものはないのだ。
 先日のライブにも来てくれていたが、こちらが吹こうとしていることに何かを感じて理解してくれていたことに嬉しくなった。サックスを吹く人間だから分かるのだと言う。ということは、それ以外の観客には通じていないことになるらしく、それはそれでガッカリで少々複雑な気分になったってわけだ。

拍手[0回]

カレンダー

02 2019/03 04
S M T W T F S
1
4 5 7 8
10 12 13 16
18 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

最新記事

アーカイブ

最新コメント

[12/10 s・f]
[09/26 s・f]
[09/26 ぐれじゅー]