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災害



 朝のニュースショー番組で「この災害は政治の責任が大きい」という論説を滔々と述べる方がいて、何を言っているのかと腑に落ちなかったのだが、その最後の部分だけを聞いたものだから詳細は分からず仕舞いだった。ちょっと検索して新聞記事に行き当たる。どうやら避難勧告が出るほどの豪雨だったにも関わらず、当日の夜に首相たちが宴会の場にいたことが問題らしい。危機感をまったく持っていなかったということが重大だという。さらには自然災害対策よりミサイル防衛にかまける愚などと書かれている。多くの犠牲者が出たことでの非難だが、では普段からそのようなことを言う方々が自然災害対策に目を向けろと言っていたという話は聞かない。こう言っては何だが、結果論で非難しているような気さえする。そりゃあ危機感を持って宴会を自粛する選択肢はあったにしてもだ。彼らが飲み会を止めることと災害の結果に因果関係はない。
 なにしろ避難勧告が出ても住民の腰は重く、速やかに家を離れる人は決して多くない。危機管理は人に任せるのではなく当事者の判断がすべてだと思えるのだが、こうやって被害が大きくなると、とにかく誰かに責任を負わせなければ気がすまないらしい。

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リハーサル


 昨日は久々のリハーサル。初顔合わせだから大変なんだが、ちょうど深大寺のあたりを走っているときに期待感が増してワクワクとした気分になった。だいたいリハーサルというものは不安と期待が綯い交ぜになっていて、ましてやオリジナル曲がほとんどだから尚更のこと。



 たいしたことをやっているわけでもないが、そのワクワク感というものが大事なのだ。それが無くなったときは終わりだといってもいい。ステージ横で緊張しながら出番を待つ際は、ワクワクと言うより武者震い的な闘争心が必要なことも多々あった。無理やりにでも奮い立たせないとプレッシャーで押しつぶされそうになり、実際かなりのヘマな事態に陥ったこともあるのだ。スタジオでの録音の際にも、大人数で同時録りなどという時には、ソロなどがあれば心臓が口から飛び出しそうな気分も味わった。しかし、録音はやり直しがきく。ステージは間違ったらそれまでよだから油断できない。テレビの生番組などでの演奏は殊の外緊張を強いられる。その緊張でミスをしてしまうケースも多い。なにしろそのような場でのミスが命取りで消えていったプレイヤーさえいるのだ。大人数の場合は常にトップノートを吹くトランペット奏者に最もプレッシャーがかかる。サックス奏者は主にソロ部分などで緊張を強いられるが、トランペット奏者の全体に係わるウェイトは大きく、こなしてきたトランペット奏者というものはたいしたものなのだ。

 それで、リハーサルは伝達不十分で1時間以上遅れてやってきた人もいて、てんやわんやだったのだけど、なんとか所定の曲は一応復習えた。しかし、自分の演奏どころじゃなかったので、いまからスタジオを借りて個人的なお復習いをすることになった。

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気象予想


 関東は早々と梅雨明けしたというのに、西日本では停滞した梅雨前線が猛威を振るい、甚大な被害が出ている。土砂崩れによる被害が大きい。豪雨被害のニュースでは必ず土砂崩れという言葉を聞く。体験してない者にはその恐ろしさが分からない。城のような石垣の上に建っていた生家の裏は山だった。山は大きな孟宗竹が密集していた。孟宗竹は根張りが強いから土砂崩れは起きないというようなことを何度も聞かされた。しかしながら風の強い夜に不気味な音をたてて騒めく竹というものは恐ろしかった。



 以前、何度も触れたが、10年ほど前にスーパーコンピューターを使って今後100年の気象をシミュレートした番組を録画していた。ちょうどアメリカでカトリーナが吹き荒れたころだ。あれも気象学者は地球温暖化の影響だと考えられるなどと言っていた。それを受けて日本でも今後の気象の変化を見極めようとしていたわけだ。ビデオはハードディスクが壊れて消えてしまったが、幾つかの興味深い話は覚えている。その中の一つが、西日本、特に九州地域での長雨の予想だった。梅雨というよりは、ほとんど雨期のような状況になる可能性を示唆していた。なんだか予想以上に早くその事態になりつつあるような気がする。温暖化で気圧の流れそのものが変わっていくわけだから避けられないということだった。4月が初夏の季節になり、入学式は桜ではなく初夏の陽射しの中で行なわれるようになるという予想だった。確実に夏は早まっているようにも思えるし、次に世界を襲うのが熱波だという予想が当たらなければ思うが、徐々にそれに向かっているような気がして穏やかではない。

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 7人の刑の執行が行われたとのニュースを聞いた。海外からは人道的に問題があるとの反発もあるらしい。彼らのやったことは無差別殺人だったし、自業自得であるはずだが、一挙に大量の刑を執行したことに対する反発のようにも思える。ここで死刑の是非を問うものではないが、ただ、刑の執行のニュースを聞いて、いよいよかとは思ったが、ざまーみろとかスッキリしたとかいう心持にはなれず、ざらつくような気分だけが残った。



 事件について書かれているものは幾つか読んだが、被害者の立場からの報告が多く、加害者たちがどうしてそこに至ったかは分からぬまま終わった。1990年の衆院選には、渋谷、中野、杉並の東京4区からの出馬だったから、例の音楽付きで選挙カーが走っていたことを覚えている。その5年後にサリン事件が起きた。そのような動きには疎かったが、当時のかかりつけの医者は危惧があったらしく、「破防法でも何でもいいから、サッサと捕まえちまえばいいんだ」と言っていた矢先に起きた。事件当日、午前中の仕事があった。地下鉄の駅前に夥しい数の救急車やパトカーが停まっていて、何事かと思いつつスタジオに着いて事件のことを知った。その時点で「オームらしい」と聞いたから、予測はついていたらしい。当局はまさかの後手に回ったことになる。しかしながら、彼らが逮捕されたことでほとんどの人が終わったと感じていたのかもしれない。そこに刑の執行の知らせだ。色褪せてしまっていた遠い昔の映像が一瞬クリアになって、また消えていくに違いない。事件では13人の死刑が確定している。残った6人の執行の知らせも聞くことになる。

 日本の死刑確定囚は再審請求中の者も含めて100人以上いる。重大な罪を犯したとはいえ、自分が生きてきた世間全体から「お前はいらない」と究極の通告を突きつけられる恐怖はどうだろうと思う。上告、再審請求などと抗う気持ちが少しは分かるような気さえするわけだ。
 当日の朝、死刑執行は告げられるそうだ。以前は前日だとかだったらしいが、自殺を図る受刑者がいたりしたものだから、当日になったそうだ。告げられてそのまま刑場に連行されて、一時間後に執行される。どのように覚悟ができていても、逃れられない恐怖はいかばかりかと察せられる。そこまでの恐怖を体験させたわけだから、それだけで充分な刑の執行が行われたと考えられないこともない。執行する方だって気分のいいものではないはずだ。じゃあそのまま生かして置くのかとなると、やった犯罪の酷さなどを知れば頷けないし、もどかしいパラドックスを抱えたまま世間は回る。

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打ち合わせ的会合


 普段はまず利用しないファミリーレストランで待ち合わせ、次のライブでご一緒するベーシストに譜面を渡してきた。一年ぶりの吉祥寺サムタイム。昨年は気合いが入り過ぎ、難曲を取りそろえたもので見事に空中分解した記憶も生々しい。修羅場をくぐり抜けた腕利きだと思っていたものだから、これくらいは造作もないだろうと踏んでいたのだ。最初の一音からグダグダになった。それで、前回のことも踏まえ、硬軟取り混ぜて用意することにした。



 今回はピアノが大石クンだし、前回の轍を踏むことはない。なにしろ彼はプロの鑑のような演奏家であって、全曲きっちり復習ってくることは間違いないのだ。久々のライブに一曲だけゲストで来る際にも、全部の譜面を持参してくる人なのだ。それで「どの曲やる?」ってな具合だ。

 今日会った久末氏はほぼ同世代。同じような人脈の中で生きてきたものだから、限りなく話に花が咲く。未だシリアスに音楽を追い求める先輩の話も、老いてついに演奏が困難になった方の話も同じように話題に上る。世界の演奏家の動向などに話が及べば、つい熱も入ろうというもの。彼のようなベテランが土台を支えてくれればサウンドも落ち着くし、ま、リハーサルが楽しみなのだ。

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