☆☆☆


 20代のころ、インスタントラーメンをよく食べた。貧しかったというのもあるが、どちらかというと好きだった。野菜を炒めてトッピングしたり、これと御飯さえあれば「よしよし」ってな具合だった。若いころというのは、立ち食いの富士そばをわざわざ電車を降りてまで帰りに寄ったりしたように、特別美味いものを食べたいなどと切に願うものではなかった。腹が一杯になれば何の問題があろうかってな調子だった。もちろんたまには歌舞伎町の「にいむら」で豚カツなどを食べることはあったにせよだ。



 食い物で多少贅沢をするようになったのはツアーで地方に頻繁に出かけるようになってからだったような気がする。ツアーというものはステージとホテルと空港、駅しかない。それは知らず知らずの内にストレスを抱えることになる。仕事そのものがストレスだというわけではない。移動、次の町、ステージ、ホテル、朝から移動、次の町という繰り返しで気分が窮屈なところに閉じこめられるのだ。それを食事で解放しようと考えるわけだ。どの程度の効果があったかは定かではないが、こういうことにかけてはとても熱心なメンバーもいた。ここに来たからにはこれを食べなきゃダメだという風に誘われてそこら中を歩き回ったこともある。昼食に三千円の天丼を食すという無茶ぶりに音を上げて付き合わなくなったけど。
 その土地によっての違いもあった。鹿児島の次が大阪ということがあった。どういうわけか2日連続で焼き肉屋に入った。肉質も値段もほとんど同じで、鹿児島の肉は2倍の量があった。北陸方面を回ったツアーは毎日打ち上げの宴会があった。4日か5日連続でテーブルに大きな舟盛りが並べられた。主催者が違うから仕方ないのだけど、何日も続くとその刺し身の大きな舟盛りを見るだけで「うげっ」となり、お茶漬けでいいのになどと思ったりした。旅先のその土地その土地で美味い物を頂いたはずだが、ほとんど覚えてはいない。

 心臓疾患のあと、塩分を控えるように厳命されて食生活は恐ろしく変わった。スーパーに行くと必ず包装の裏を見る。だいたい塩分量が明記されているから、それを参考に買う。近ごろは塩分控えめの塩まであるから驚きなのだ。食感は普通に塩だが、半分はカリウムで成り立っている。塩分を控えるのは動脈硬化を防ぐというか、そもそも固くなっているのだから元通りというわけには行かないが、これ以上の悪化を防ぐというようなことだ。さて、インスタントラーメンだ。何年ぶりかで食べてみた。懐かしくも美味いものだった。しかし、スープはとんでもない塩辛さで驚いた。まるで塩水を飲んでいるようなものだ。塩分量5グラムなどと書かれている。小さじ一杯の塩だ。警鐘が鳴る。若いころはこんなものを飲み干していたことになる。血管も若いから少々の事にはびくともしなかったらしい。
 栄養士に言わせれば、食餌療法をしている場合は羽目を外していい日などないという。いつも節制しているから今日ぐらいはというのはなく、ダメージは蓄積されるものだから要注意ってなことだ。これが難しい。ちょっとならいいかなどと思ってしまったりするのだ。再発すれば明日はない。食事でペースを逸脱した際には、何をやってんだ的な後悔があとから必ずやって来る。

拍手[0回]


 
 台風の余韻で暖かい日だったが、見上げれば紛れもない秋の空。小学生のころ夏休みの自由課題で雲を取上げたことがあった。思い立って始めたはいいが、毎日の雲の様子を描くのは退屈なことだった。夏はだいたい積乱雲、いわゆる入道雲がほとんどだったし、日誌のページは変化のないつまらないものになった。それで、雲の名を少しは覚えたが、今日の空の雲が高積雲なのか巻積雲なのかはよく分からない。うろこ雲というのが巻積雲なのだが、うろこ雲状の高積雲というものもあるらしい。しかしながら秋の雲であって、夏にこのような雲を見ることはない。

 ノーベル賞の受賞者がまた日本から出た。知らない学者だ。医学の世界では有名な方だったらしいが、ノーベル賞の受賞で突然注目される。文学賞の大江健三郎氏や川端康成氏は知られていただろうが、物理学、化学、医学の分野での受賞者がそれ以前に話題になっていたという話は聞かない。受賞者の名前が発表されてもほとんどの人の反応は「それ、誰?」に違いない。受賞理由の説明があってもさっぱり分からない。特に物理学賞に至ってはチンプンカンプンと言っていい、しかしノーベル賞だ。それは立派なことに違いないというので褒めそやす。私らには理解できないことを成し遂げたことを評価するのであって、大方の人たちはよく分からないけど目出度いことだと言うのだ。よく考えれば妙なことだ。分からないことだから、数ヶ月もすればみんな忘れてしまう。日本に学者がどれほどいるのかは知らないが、結局のところこのような賞を受賞しない限り知られることはない。ノーベル賞というのはそういうものらしい。ま、金メダルも同じようなものだけど。

拍手[0回]

八日目の蝉


 相変わらず読み続けている角田光代さんの小説も、そろそろネタ切れが近いようだ。今は代表作のように言われることもある「八日目の蝉」に突入した。しかし、これは映画化されていたなあと思い出しビデオを借りてきた。小説の回りくどい言い回しに少々疲れたわけだ。映画は井上真央と永作博美という女優が中心になっている。この2人の女優さんが私的には似ているように思えて見分けが付かなかったりするのだ。しばらくは独り2役かと思っていたほどだ。それで映画を観終えて再び活字に戻った。すると映画の印象が邪魔をして、活字の中でも2人が現れて混乱し、映画なんか観るんじゃなかったという展開になってしまった。

拍手[0回]

ライブ


 さて昨夜のライブに足を運んで頂いた方々に感謝します。遠方から泊まりがけで来て頂いた柳亭さんにはさらに深く感謝する次第です。



 今回で少しは先が見えるかと期待していましたが、好事魔多しというか、少々の行き違いの末、またまたドラマーが抜けることになってしまって振り出しに戻るってな案配。ようするに、ライブ前には新しい楽曲についてはシーケンサーで打ち込んだデモテープを送っているのだけど、それを聴いて対処できない場合は対応不能になる。例えば、自分の作った楽曲の説明にレス・マッキャンの路線だと説明したりするのだが、知らないと言われ、林英哲の名が出て来た辺りで接点は消えるってな具合だ。そういえば和太鼓的なアプローチをしようとする傾向があったわけだが、根のところのベクトルがそうだったらしい。結局、何曲かはピアノとのデュオ形式で対処した。ソロに入るといきなりピアノと2人だけになるというような展開で全体のグルーブを確保する。そのやり方の方がずっと楽だったってのも悲しいことなのだ。この先どれほどのライブを重ねることが出来るのかは謎だが、一回一回のライブがますます貴重なものになってきた。

拍手[0回]

毎日リセット


 台風が南方の熱気までしっかり運んできたらしく、今日は夏が戻り汗ばむ陽気になった。昨夜遅く、猫のみかんが外に出たいというので、無理は承知で窓を少し開けてみた。轟音と共に風と雨が飛び込んできた。猫はビックリして後ずさりし、目を丸くして窓を見つめる。このような強風を知ると、雨露しのぐ家というものの存在がどれほどありがたいものかを痛感する。それにしてもあのような風の中、野良猫たちはどうやって凌いでいるんだと心配したりする。



 ってなことを言いつつ、遂に大台まであと少しの誕生日を迎えてしまった。ちっとも目出度くない。誰でも同じように歳は取る。しかしながら他の人がどうなのかは知らないが、老いたという実感があるわけでもない。どちらかと言えば、二十歳の頃から何も変わってはいない。定年とかいう区切りを付けられることのない職業の所為だとも思える。有り体に言えば浮世離れした生き方ということにもなろうが、同じ世代の友人たちが言うように夢を追いかけているわけではない。夢など追いかけてはいなくて、今ここにある現実を追いかけるというか、それはとても具体的だ。この音の後にこの音を繋ぐとこうなって、というような感じで、それを全部把握した上で自由になりたいと思っているわけだ。これがなかなか手強くて、そう簡単に自由は手に入らない。それで、夢を追いかけているというより何かをいつも探しているというのが近い。もちろん気力は不可欠だ。探す気力を失うことなく続けられれば万万歳という案配なのだ。

拍手[0回]

カレンダー

11 2018/12 01
S M T W T F S
2 3 4 5 6 8
9 11 12 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

最新記事

(12/13)
(12/10)
(12/07)
(12/01)
(11/30)
(11/29)
(11/28)
(11/24)

アーカイブ

最新コメント

[12/10 s・f]
[09/26 s・f]
[09/26 ぐれじゅー]