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辛口


 評論家というものは苦言を呈するという形でちょっとした放言をして顰蹙を買ったりする。セルジオ越後というサッカー評論家の発言が苦言だか放言だかは分からないが、惜敗という評価が高まる日本代表チームに関していみじくも仰ったわけだ。「冷静になって全部振り返ってみてください。10人の相手に1勝しただけで、あとは2敗1分のチームがどうして強いと言えるんですか」
 これに対しては「よくぞ言った。ゆってやって、ゆってやって」という方々と「何をほざきやがる、祝賀ムードに水を差しやがって」という方々がいるわけだ。なにしろ時間稼ぎの展開をしてまで決勝トーナメントに進んだわけだから、ここで勝てばよくやったということになって万万歳だっただろうけど、そうはうまく行かないのが世の常。そこのところを越後さんは実力不足であって惜敗ではないと仰るわけだ。リードしていた後半、監督は舞い上がって頭が真っ白になっていたのではないかとも仰っている。どう防いでいくかではなくて、「おお、すげー、どうしよう、どうしよう」ってなことだ。怒濤のような攻撃であっというまに同点にされ、ひっくり返されたわけだから冷静ではなかったかもしれない。健闘を称えるものではあっても、世界のレベルに達したという評価は早計だと指摘されていて、ま、それはかなり正しい。

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脱皮


 まさか朝の3時からのサッカー中継を見るほど若くもなく、ワイドショー番組で結果を知ることになったわけだが、手痛い敗戦だと予想されていたものが健闘したのは確かなようだ。しかしながらアディショナルタイムにひっくり返されてしまう不運。ゴール前での乱戦模様になったりすると体格差が影響してくるような気もするし、体格差そのままのストライドで急襲されると防ぎようがないように思えたりもする。来たれ、アメフトに見切りをつけた若い選手たちよ、サッカーに転向しろ。こっちの水の方がずっと甘いぞ。

 今日久し振りに山の手通りを車で通った。都心部に出かける際、だいたいは勝手知ったる裏道などを利用するから、幹線道路は滅多に通らない。それで昔懐かしい中野坂上の交差点で時の移ろいの素早さなどに唖然とするほど驚いてしまったわけだ。



 この右手の角はラーメン屋だった。その前を通って50メートルほど歩くと中野坂上駅があった。交差点の周りには何もなくペッタンコの町だった。夜遅くなるとその中華屋の灯だけが煌々と辺りを照らし、存在をことさら主張していた。

 

 左側にはちょくちょく利用した金物屋兼雑貨屋があった。もちろんビルなどではなく、平屋の狭い店だったが、商品は幾重にも重ねられ、天井からぶら下がっているものさえあった。おっちゃんに訊くとたいていのものは出て来た。サンドペーパーを買いに行くと、あらゆる種類のものが出て来た。狭いスペースに東急ハンズに負けないほどの商品が置かれていたのではないかと思える謎の店だった。両隣の店がどうだったかは記憶にないが、長屋風の並びだったような気がする。



 清水橋あたりも変わった。全体的に建物が高くなった。初台から中野坂上までは割と殺伐とした雰囲気があって、いつも速足で駆け抜けていくようなイメージだったが、どこかしら潤いが漂う町並みになった。



 町は呼吸していると言える。いつの間にかすっかり整理されて奇麗になった交差点などを通るとそう思う。逆にある日近代的なマンションが建った大久保通り沿いの一角を通ると、すっかり古ぼけて薄汚れて見える建物に時の経過をいやでも感じる。こうやって脱皮を繰り返し、町は数年ごとに昔の記憶を消去してお年寄りに引導を渡すってわけだ。

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トマト、トマト


 こんなに早く梅雨明けしてこの先どうなるんだろう的展開だが、この暑さでは夏休みだって前倒しするべきだと思ったりする次第。さて、この時期はトマトだ。JAの直売所で山ほどトマトを買ってくる。緑黄色野菜の摂取を心がけていて、栄養士に言わせればトマトはその成分がギリギリの線らしいが、とりあえず夏はトマトということになっているのだ。



 直売所の野菜のほとんどは生産者の名前が書かれている。茨木産だとか長野産と表記されているものもあるが、地元産のものは全部生産者の名入りでの販売。以前はその名前などあまり気にしてはいなかったが、一昨年の冬、ある生産者のトマトがまるでフルーツトマトのような甘味があることに気付いた。2月一杯ぐらいで棚から消えてしまうが、美味しいので見かけたら即ゲットってな案配だった。ネット販売も好調で売れ行きがいいらしく、今年は販売所では見かけなかった。しかし、6月ごろある生産者のトマトがそれに負けず劣らず美味いことが分かった。全体に小振りで人気はなかったようだが、これに気付いてからというものはこの生産者のトマトを優先して買うようになった。トマトは種類も多く「桃太郎」などが有名だが、この方のものは「麗旬」というらしい。酸味は弱く、ほのかな甘味が特徴でもあって、特に出始めのころのコリコリとした食感のものは秀逸だった。同じ品種の他の生産者のものも買ってみたが、同じとは行かず、生産過程に何か独自の工夫でもあるらしい。小振りとは言え、一玉が150グラムほどはあって、一日3コで450と一日の野菜摂取目標300グラムは、トマトだけでも軽くクリアするわけでありがたいのだ。

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それでも先へ


 決勝トーナメントに進むための大事な試合は妙な展開になってしまった。先に進むためには止むを得ない選択だったとか、それにしてもみっともないとか賛否両論あることは分かる。実際、選手たちが好き好んであのような試合運びをしているとは誰も思っていない。下手に動いて加点されれば、それこそ万事休す、そこで終わってしまうわけだから仕方ないとは言える。



 ロンドン五輪のバドミントンの試合で無気力試合があった。女子ダブルスの一次リーグで、韓国、中国、インドネシアの計4ペアが準々決勝以降の組み合わせを考えて故意に負けようとした。観客からはブーイングがあり、審判は再三にわたり真面目にやるように警告した。その際も先の展開を考えた戦略であるとの主張だったが、4ペアは何れも失格になった。ま、正しいジャッジだった。
 さて、今回のサッカーも先のバドミントンの件と何ら変わることのない展開だったことは間違いない。ここでペナルティが課せられレッドカードにでもなるのであれば、あの展開には行けない。ことの是非は運営側にある。あのような選択が可能であることにこそ問題があって、それを選ばざるを得ないチームには、現時点ではルール違反でもなく苦渋の選択であるにせよ基本的なミスはない。海外のメディアが非難するようにみっともないやり方ではあったけど。過去にも同じような事はあったらしいし、ルールを改正するべきだと思う。

 それにしてもサッカーの試合というものは乱暴というか、全然フェアではないことに改めて驚いた。昨夜のポーランドチームも体当たりをする場面が多く見られたし、日本側だって負けちゃあいない。シャツを思いきり引っ張ったりして対抗していた。審判の目に付いた場合はペナルティが与えられるが、あちこちで小競り合いを繰り返す様子は子供の喧嘩のようにも見えた。アメフトと少々違う点は、大っぴらに体当たりが出来ないことぐらいだ。故意に足をかけたかどうかも微妙に見えるし、そこら辺のさじ加減は実戦で鍛えていくものらしい。

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どたばた


 七夕が近い。七夕ってーものをどのように楽しむのか、何か決まりごとがあったという話もなく、何も起きないうちにその日は過ぎてしまうのだけど、その儚げな趣というか情緒が日本らしくシミジミとした日だと思える。彦星がどうだこうだなどと聞いてはいたが、そんなものはついでに聞くような案配で、じつのところ笹に飾り付けをするという発想が儚さに拍車をかけるのだ。笹に短冊や飾り付けを張り巡らせようとしてもだいたいうまく行かない。少しでも重ければ枝は垂れ下がるし、美しく凛とした佇まいに仕上げるのは至難の技なのだ。それでも七夕と聞くと何かしら郷愁のようなものを感じるのは、子供のころの数少ない参加できるイベントだったせいかもしれない。
 平塚の七夕祭りは有名で、平塚に住んでいた義姉が一度は見に来いというもので、出かけたことがあった。海軍火薬廠があった平塚は終戦前の7月の空襲で市の7割方が消失する被害を被った。戦後の復興に際して、仙台に習って七夕をメインにした祭を開催したのが昭和26年。そこから続いている。最初に見たときは唖然とした。なにしろ何もかもが大きい。笹に遠慮がちに括りつけた短冊とは違うというか、もう別物。大きなビニール製の筒のようなものはドロンと上から垂れ下がるし、儚げな情緒は誰も目指していない。例えば、透き通ったガラスの皿に載った和菓子などを頂きましょうとテーブルにつくと、てんこ盛りのたこ焼きが出て来たような違和感がつきまとう。写真を見ても分かるように、あんたパチンコ屋の開店祝いじゃないんだからさ、と言いたくなるようなけばけばしさ。ま、復興の景気付けとあればドッカンと行くしかなかったってのは分かるけど、七夕じゃなくても良かったような気がしたのだ。

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