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バジル


 今年もバジルを植えた。もういいかと毎年思ったりするが、かなり立派な苗を見つけてつい手が出た。



 ついでにというか他のハーブ類も植えた。それぞれの使い道など一つか二つの料理でしか知らないのだけど、タイムなどはひき肉料理に使うと実に香ばしくレストランの味になる。



 パセリとローズマリーも参加させた。



 むかし日本語の上手なイタリア人が周りにいて、スパゲティのことを喜々として語るを聞いた。「なんてったてさ、茹で立てのスパゲティにバターを放り込んでね、後はシソとパセリのみじん切りを加えて混ぜるだけで美味しいんだよ、やってみ」。ようするにバジルスパゲティの代わりなんだが、当時はバジルなど見かけることもなかったから、バジルスパゲティは未知の領域だった。しかしながらイタリア人が言うのだからそれも有りなんだろうと度々食した。それがお洒落なことだったかどうかはさて置き、若い頃というものは西洋かぶれっぽいことをやってみたくなるものなのだ。サイフォンで淹れるコーヒーが本格的だと聞けば、アルコールランプと器具一式を揃え、ボコボコと音をたてながらコーヒーが出来上がるの今か今かと凝視した。味の違いが分かるかといえば、そんなことはどうでも良く、サイフォンでコーヒーを淹れていることが大事だったのだ。そんな風だから、布製のフィルターを洗うことなどが面倒になり、その内サイフォンブームは静かに終わりを告げた。これだったらいいだろうとドリップ式に移行したが、ま、味音痴なのか、どれも大した変わりがあるとは思えないまま、いつの間にかメリタのコーヒーメーカーがそれに取って代わり定着することになった。以前はスパゲティの有名メーカーとしてはブイトーニが筆頭だった。オーマイとかママーでないことが重要だった。ま、これも味に大差があるわけではないけど、そこの所を押さえておかないと通であるような顔はできなかった。無理しちゃって的な若いころの思い出は妙に頑張っているところが可笑しい。

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液体の嗜好品


 コーヒーは毎日の生活に欠かせない。コーヒーが好きなんですねと言われれば、ま、好きは好きなんだろうけど、習慣のようなものと答える。ここ四半世紀ほどは朝方豆を挽いてコーヒーを淹れるのが日課のようなものだ。コーヒー豆が切れると「あっ、いけねえ」といった具合に非常事態宣言が出されるってな感じだ。新宿高島屋のデパ地下にあるUCCで20年以上買い続けていたが、郊外に越してからは行くのが億劫になり、近場のもので済ませたりしている。しかし、今日は久々に買い出しに出かけた。代替品は100グラム200円強の豆だが、ここで買うものは100グラム594円。ま、2倍強でお高い。ブルマンの最高級品は100グラム3500円ほどだから、それに比べればお手ごろということになる。



 「男はつらいよ」のゲストが吉永小百合さんの回で、コーヒーに関わる父親との会話があった。「こないだのコーヒーは美味かったなあ」「そりゃあ、お値段が二倍ですもの」。そうなのだ、コーヒーは値段で味がコロリと変わるものなのだ。それで久しぶりに飲んだわけだが、いつも代替品として購入している「モカ」と恐ろしく違うかといえば、なんだかよく分からなくなってきた。代替品として購入したものの中には「これは美味しくない」と断言できるものもあったが、「モカ」は案外いけているものなのかも知れない。ま、味覚が鈍くなったということも当然考えられる。



 店の向かいにはお茶屋さんがある。日本茶の専門店だ。よく見たことがなかったが、今日待っている間に覗いてビックリした。日本茶は相当偉い。100グラム2000円なんてのはザラで、5000円なんてものまである。どういう人が買うのかは知らないが、これでお茶漬けなんてしないんだろうなってなことを考えたりした。どう考えてもお茶に失礼なような気がしたわけだ。ちなみに、当方はお茶漬けの素として売られているものは邪道だと思っている。鮭が入っていようとタラコが入っていようと、あれはどちらかというと塩湯漬であってお茶ではない。

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簡易食


 若いころ、それも20代初めは外食が基本だったけど、選択肢の中に「寿司」というものはなかった。寿司は謎の食い物に近く、だいたい店内にお品書きの値段が書かれてないところがすでに怪しいものだった。時価というヤツだ。一度だけ渋谷にあった大きな寿司屋に入ったことがある。隅が煙って見えるほど長いカウンターで板前も10人は下らない店だった。小さな寿司屋に入るよりは安全に思えたのだ。当時は寿司ネタの名前もわからないわけで、目の前に並んだネタを適当に焦りつつ指して注文した。たいして食っちゃあいなかったけど、勘定の時に目を剥くことになった。想像していた値段の3倍は払うことになったからだ。それ以来、寿司屋には怖いというイメージが付いた。十数年前六本木のクラブで短期間仕事をしたことがあった。箱バンが好きなものだから、誘われてホイホイと乗って参加したのだ。こういった店では客が望めば寿司の出前も頼める。六本木の高級な店から出前が届く寸法になっていた。ある夜、その出前の寿司屋と店の黒服が揉めている。「これには金が払えない」という話になっていた。見ると、寿司げたには6つか7つの小振りな寿司が乗っているわけだけど、その中のひとつが倒れていたのだ。起こせばいいようなものだけど、倒れた際に付いた米粒が黒いげたには目立つものだった。で。そのチマチマとした寿司どもの値段を聞いて驚いた。「えっ。これで、これで一万五千円なのっ。えー、そうなんだ、へー」ってなものだった。
 70年代初め、新宿西口の小便横丁の表通り沿いに回転寿司が登場した。元禄寿司とかいう名前だったと記憶しているが定かではない。特別美味いものというより、値段の安さに引き寄せられ、ここには度々通うことになった。身近になったわけだ。しかし、当時の回転寿司の店には必ずカウンターの内側に寿司を握る職人がいた。ここだけは変えようがないものの筈だったが、やがて大型のチェーン店が出来ると、厨房は奥に隠れ誰が握っているのか分からないものに転じていった。もちろん職人が握っている店もあるけど、有名なチェーン店の寿司は型枠から作られたと思われる押し潰されたような長方形の酢飯に寿司ネタが乗っているだけの代物になった。これだったら板前などいなくてもアルバイトが少々の研修を受ければ作れそうだ。ま、寿司は寿司だが、よくよく考えれば寿司もどきのような気もする。



 ファミレスはむかし度々利用した。レストランと考えての利用というよりはスタジオの仕事が終わってみんなでダベる為の場所だった。仕事が深夜に終わることも珍しくなく、みんなで行ける場所と言えばファミレスだった。ここも妙な場所だった。食品衛生責任者が一人は必要という建前で営業されているが、圧倒的に多いのはバイトの若者であって、調理師が料理を作っている実感というものがない。ちかごろ、またバイトの若者たちのバカな映像が流出して問題になっているわけだが、全体から見れば本の一部も一部の問題であって、少々騒ぎ過ぎ感は否めない。しかしながら、食品を提供する店でこのようなアホな若者を使わざるを得ない営業形態というものにも問題があると思える。だいたい、厨房の中で何が起こっているかなど誰にも分からないわけだから、何があってもおかしくない。

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野菜を食べにゃあいけんよ


 ここ数年は野菜によって季節を知る。昔は野菜の旬の季節など気にしたこともなく無頓着だったが、1日300グラム以上の野菜を義務づけられて止むなく食い、ほとんど十日置きに通う野菜直売所で覚えてしまった。秋も深まるとブロッコリーがのさばり出すってな案配。



 それまで聞いた事もなかった野菜の代表が「つるむらさき」だ。これも緑黄色野菜だということで恐る恐る手に取った。



 少々ぬめりのあるポクポクした食感で、匂いも癖がある。美味いかどうかというとよく分からない、というかゆで立ては悪くないが保存は要注意。タッパに入れて保存すると、癖が強くなって食べにくくなる。しかし、贅沢は言っていられないのだ。なにせ300グラムだ。夏から秋にかけてはつるむらさきが大活躍だが、これからは小松菜の季節になる。ややこしい料理はせずにひたすらお浸しでムシャムシャと食う。レタスは好きだが、緑黄色野菜としては失格だからサニーレタスがメインになる。医者に最近は食べるということが全然楽しくないと言うと、「わかるわー」と笑われた。脂の多いものも遠巻きにするしかないし、塩分はご法度で糖分だって要注意。食べるものは限られて楽しいわけがない。むかし芸能人の結婚式の仕事に係わったヤツがあまりのギャラの少なさに呆れて怒り、パーティ会場にあった伊勢エビを6尾ほど食ってやったと息巻いていたが、そんなことも羨ましがってはいけないのだ。

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 20代のころ、インスタントラーメンをよく食べた。貧しかったというのもあるが、どちらかというと好きだった。野菜を炒めてトッピングしたり、これと御飯さえあれば「よしよし」ってな具合だった。若いころというのは、立ち食いの富士そばをわざわざ電車を降りてまで帰りに寄ったりしたように、特別美味いものを食べたいなどと切に願うものではなかった。腹が一杯になれば何の問題があろうかってな調子だった。もちろんたまには歌舞伎町の「にいむら」で豚カツなどを食べることはあったにせよだ。



 食い物で多少贅沢をするようになったのはツアーで地方に頻繁に出かけるようになってからだったような気がする。ツアーというものはステージとホテルと空港、駅しかない。それは知らず知らずの内にストレスを抱えることになる。仕事そのものがストレスだというわけではない。移動、次の町、ステージ、ホテル、朝から移動、次の町という繰り返しで気分が窮屈なところに閉じこめられるのだ。それを食事で解放しようと考えるわけだ。どの程度の効果があったかは定かではないが、こういうことにかけてはとても熱心なメンバーもいた。ここに来たからにはこれを食べなきゃダメだという風に誘われてそこら中を歩き回ったこともある。昼食に三千円の天丼を食すという無茶ぶりに音を上げて付き合わなくなったけど。
 その土地によっての違いもあった。鹿児島の次が大阪ということがあった。どういうわけか2日連続で焼き肉屋に入った。肉質も値段もほとんど同じで、鹿児島の肉は2倍の量があった。北陸方面を回ったツアーは毎日打ち上げの宴会があった。4日か5日連続でテーブルに大きな舟盛りが並べられた。主催者が違うから仕方ないのだけど、何日も続くとその刺し身の大きな舟盛りを見るだけで「うげっ」となり、お茶漬けでいいのになどと思ったりした。旅先のその土地その土地で美味い物を頂いたはずだが、ほとんど覚えてはいない。

 心臓疾患のあと、塩分を控えるように厳命されて食生活は恐ろしく変わった。スーパーに行くと必ず包装の裏を見る。だいたい塩分量が明記されているから、それを参考に買う。近ごろは塩分控えめの塩まであるから驚きなのだ。食感は普通に塩だが、半分はカリウムで成り立っている。塩分を控えるのは動脈硬化を防ぐというか、そもそも固くなっているのだから元通りというわけには行かないが、これ以上の悪化を防ぐというようなことだ。さて、インスタントラーメンだ。何年ぶりかで食べてみた。懐かしくも美味いものだった。しかし、スープはとんでもない塩辛さで驚いた。まるで塩水を飲んでいるようなものだ。塩分量5グラムなどと書かれている。小さじ一杯の塩だ。警鐘が鳴る。若いころはこんなものを飲み干していたことになる。血管も若いから少々の事にはびくともしなかったらしい。
 栄養士に言わせれば、食餌療法をしている場合は羽目を外していい日などないという。いつも節制しているから今日ぐらいはというのはなく、ダメージは蓄積されるものだから要注意ってなことだ。これが難しい。ちょっとならいいかなどと思ってしまったりするのだ。再発すれば明日はない。食事でペースを逸脱した際には、何をやってんだ的な後悔があとから必ずやって来る。

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