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牛丼並


 コンビニに行くことは滅多にない。ずいぶん前にコンビニの弁当の危険性を散々聞かされたこともあるし、品揃えが通り一遍の安易さで、文具や本などの専門店を隅に追いやった元凶のようなイメージが付きまとっていたことにもよる。東中野に古くから続いていた書店は、コンビニの台頭と共にやっていけなくなって閉店した。店主によれば、町の書店で売り上げに期待できるものの筆頭は、単行本や文庫本ではなく週刊誌だったらしい。駅の売店しかなかった時代はともかく、コンビニが現れてその売り上げが落ちたそうだ。もちろん、単行本や月刊誌なども売れてはいたが、書店を維持するために週刊誌の売り上げに負うところが大きかったわけだ。
 文具にしてもたいしたものは置いてなくて必要最低限のレベルだが、日常生活ではそれで事足りるもので、町から文具店を追い払ってしまった。それはスーパーが魚屋や野菜屋、肉屋などを追いやった構図と似たようなものだ。どの町にもあったそれらの店は激減した。


 
 しかし、珍しく今日コンビニに入って食関連の品揃えの豊富さに驚いた。弁当はもちろん、サラダや惣菜の種類の多さ。企業努力で進化し続けていることに感心したのだ。埃まみれになっているかと思われる「おでん」の時代から惣菜に力を入れる時代に変わってきているらしい。このままでいけば、その内店内で握る寿司なども販売することになるような気さえしたのだ。
 こんな店が昔あってくれればよかったのにってな感じだ。僕らが20代のころ、コンビニはまだ珍しいものでしかなかった。二十歳の頃、夜中に腹が減ると近所の飲み屋におにぎりを作ってもらっていたくらいだ。当然、たばこの自販機もジュースの自販機も限られた場所にしかなかった。コーラの自販機が近所に出来た時には、飲みたくもないのにわざわざ買いに行ったりした。
 まるで化石時代だった。20代の半ばを過ぎて、参加したバンドでの旅の仕事が増えた。その頃の僕らを支えてくれたのは「吉野家」だった。仕事が終わって町に繰り出すのは深夜近かったし、開いている飲食店は限られていて、なにしろ僕らは裕福ではなかった。関西には「王将」と「珉珉」という餃子の中華店があって、そのリーズナブルな値段も心強い身方だった。
 やがて歳を取り、地方公演の後は主催側の宴会なども増えた。その頃はコンビニがどこの町でものさばっていたのだけど、コンビニで買うのは飲み物類だけだった。
 吉野家に通っていたあの当時に、今のようなコンビニがあれば食生活も変化があっただろうにと残念な気もしつつ、毎晩のように牛丼をパクついていたあの頃が少々切なく愛おしいものに思えたりもするわけだ。

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